第173話 ギルドマスター
王都のギルドマスター、ドライン。
銀色に輝く髪が特徴的な女性。見た目こそ幼い少女だが、その年齢はリリアよりもはるかに上である。
しかし見た目でドラインのことを侮ってはいけない。彼女の実力は本物であり、S級の魔物を単独で討伐したという記録まで持っている。
「実に面白試合だった。上から見てたけど、思わず降りてきちゃったよ」
リリアに向けてパチパチと拍手を送るドライン。
その場にいた誰もがドラインの存在感に呑まれていた。
それはリリアも同じで、ドラインから放たれる圧倒的な力を感じ取っていた。
(この感じ……逆立ちしても勝てる気がしないこの感じは、エクレアさんと同じ……)
思わずゴクリと息を呑むリリア。
隙だらけに見えて、全く隙が無い。これほどの実力者がいたということにリリアは驚きを隠せずにいた。
「あぁ、ごめんね。つい昂っちゃって。今抑えるから」
そう言うと、それまでの息が詰まるような威圧感が消え去る。
「それで、なんでこんな騒ぎになってるの? 良いモノ見せてもらったからあんまりきつく言うつもりはないけど、冒険者以外に訓練場の使用は許可してないはずなんだけど。しかもまぁ随分と荒らしてくれてるし」
訓練場の中はリリアとマットの戦いで荒れに荒れていた。地面は抉れ、いたる所が裂けている。とてもではないが、もう一度使えるような状況ではなかった。
「修繕にずいぶんと時間がかかりそうだねこれは」
「す、すみませんギルドマスター。オーネスさんの冒険者としての適性を調べるためにマットさんと模擬戦をすることになったんですけど。まさかここまでのことになるとは……」
レフィールは当初、リリアがマットと模擬戦をすることになった時、リリアだけが攻め、マットがそれを受けてその実力を測るものだとばかり思っていた。
しかし現実は違った。リリアはあのマットに正面から勝負を挑み、そして勝利してみせた。
その戦いの結果として訓練場がボロボロになってしまったわけだ。
そもそもレフィールがリリアの冒険者登録を認めなかったことが原因なので、かなり凹んでいた。
「まぁそうかしこまることもないけどね。それで、君の目から見てそこの彼女の適性はどうなのかな?」
「え、えぇ! それはもちろん! 文句無しです! あのマットさんに勝利できるほどの力があるのなら冒険者としても問題なく依頼をこなせるかと」
「確かに。あののんだくれマットがあそこまで派手に飛ばされるなんてね。あれは見ていて面白かった。確かに彼女の冒険者適性は疑うまでもない」
最後にマットが派手に飛ばされた時の姿を思い出してドラインはクスクス笑う。
「笑わんでくださいよギルマス。これでも一生懸命やったんですから」
「いやぁ、別に馬鹿にしたわけじゃないんだけどね。君がしっかり力をつけているようで安心したよ」
「負けちまいましたけどね」
「それは彼女が君より強かっただけの話だ。自分より強い者なんて山のようにいるということは知ってるだろう?」
「そりゃもちろん。ギルマスに嫌ってほど叩き込まれましたから」
「忘れていないようで何より。ところで、君の名前はなんだったかな?」
「あ、私の名前はリリアです。リリア・オーネス」
「いい名前だ。それじゃあ一つ問いたい。君はなぜ冒険者を目指す?」
「弟のためです」
「へぇ、弟……富でも名声でもなく?」
冒険者になる人物が求めるものの多くはそれだ。より多く稼ぎたい。有名になって見返したい。理由は様々だが、富や名声を求める者は非常に多い。
しかしリリアが求めているのはそんなものではない。全ては弟であるハルトのため。それだけがリリアの行動原理だった。
「ハル君の向かう先に行くために。そのために私には力が必要ですから。冒険者としてのランクを上げれば外国への移動も楽になると聞いたので」
「確かに冒険者に国境はない。依頼さえあればどこにでも行くことができる。なるほど、それが目的。そんな理由で冒険者を目指す人は初めてみた。うん、いいね。面白い。気に入った。レフィール、彼女の冒険者登録を」
「あ、は、はい! オーネスさん、どうぞこちらへ」
「はい。あ、でもその前に一つだけいいですか」
「何か聞きたいことでも?」
「S級冒険者には、どうしたらなれますか」
リリアの言葉に、ドラインは一瞬目を丸くして、その後弾けるように笑い出す。
「あっはっは!! 本当に面白いね。まだ冒険者になってもいないのに、いきなりそれを聞くなんて。名声は求めてないんじゃなかったのかい?」
S級冒険者ともなればその名は国内のみならず国外にまで響き渡ることになる。しかしそれ以上の危険がS級冒険者にはつきまとう。
S級冒険者を目指すのはよほど酔狂か、先ほども言った通り名声を目指す者だけだ。
「名声はいりません。ただ……どうせ目指すなら、一番上を目指したいじゃないですか」
「なるほど、君はそういうタイプか。まぁでも焦ってもS級冒険者になれはしないよ。一つずつ、確実にランクを上げていく必要がある。まぁその辺りのことはレフィールが説明してくれるはずさ」
「わかりました」
レフィールに連れられて去って行くリリアの背をドラインは見送る。
「君がどこまで上がることができるか、楽しみにしてるよ。ほら、いつまでもここにいないで君達も散った散った。暇なら依頼の一つでも片付けてくるんだね」
ドラインの言葉で蜘蛛の子を散らすように走り去っていく冒険者達。
そしてドラインは、これから楽しくなりそうだと笑みを浮かべるのだった。
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