第172話 竜撃娘

「はぁ……はぁ……」

「…………」


 静寂が満ちるなか、パラパラと訓練場の壁の破片が落ちる音だけが響く。

 誰が予想できただろうか。勝者として立っているのがマットよりも一回りも年下の、それも少女であるなど。

 誰の目で見ても明らかな勝利だった。


「ふぅ……私の……勝ちです」


 リリアは小さな声で勝利を宣言した。

 その瞬間だった。


「「「「うぉおおおおおおおおおおっっっ!!」」」」


 訓練場の空気が爆発した。

 リリアとマットの戦いを見ていた冒険者達が興奮もそのままに叫び出したのだ。


「すげぇ、すげぇぜおい!! あのマットに勝ちやがった!」

「おいおい、誰だよあいつが《村人》とか言ってた奴は。見たかよ最後のパンチ。あんなの《拳闘士》じゃなきゃできねぇぞ!」

「いや、《拳闘士》だからって素手で戦斧砕くなんて真似できねぇよ、いったいどんな技使いやがったんだ」


 好き勝手に騒ぎ出す冒険者達。常に命の危険に身を置く冒険者達だからこそわかる。

 リリアの実力が本物であるということはもはや疑いようのない事実だった。


「最後の一撃やばかったよな。人間の体があんな風に飛ぶのなんて滅多に見れねぇぞ」

「滅多にって見たことあんのかよ」

「あぁ、竜の一撃で飛ばされるとあんな感じになるぞ」

「じゃああいつのパンチは竜並みってか?」

「竜撃か……」

「竜撃娘……」


 口々に感想を言い合う冒険者達。その目には先ほどまでの侮りの感情など全く見えなかった。


(なんか変なあだ名付けられてる気がするけど……まぁいいか。気にしないでおこ)


 冒険者達のことはいったん意識の外に置くことにしたリリアはマットのもとへと向かう。

 派手に壁にぶつかり意識を失っているマットだったが、リリアが近づくとピクリと反応を見せた。


「う……」

「大丈夫ですか?」

「っぅ……全身いてぇよこんちくしょう。全力で殴りやがって」

「そうしないと勝てなかったので」

「そうか……俺は負けたのか」


 手に握った戦斧を見て呟くマット。しかしそこに負の感情は見えない。


「まぁ、こんだけやって負けたならしょうがねぇわな」

「ずいぶんあっさりしてるんですね。悔しくないんですか?」

「煽ってんのかお前。悔しいに決まってんだろうが。でもな、全力出して負けたなら受け入れる。それが大人ってもんだ」

「最後の一撃……」

「あん?」

「本当に全力でしたか?」

「……当たり前だろうが。あそこで手を抜く馬鹿はいねぇよ」

「……じゃあそういうことにします」

「それにしても、こんなになっちまったんじゃ戦斧は買い直しだな」

「そこは素直に申し訳ありません」

「あん? なんだ? 金でも出してくれるってか?」

「出しません」

「出さねぇのかよ!」

「だってその戦斧、私の一撃で壊れたっていうより、あなたの魔力に耐え切れなくて壊れた、じゃないですか。私のせいにしないでください」

「はぁ……わーってるよ。これから後輩になるって奴に金たかるわけねーだろうが」

「後輩って、それじゃあ」

「あぁ、認めてやるよ。お前は冒険者になるに相応しい力を持ってるってな。はっ、負けた身でこんなこと言うのも情けねぇし、俺が言わなくても誰の目にも明らかなことだけどな」

「だとしても、ありがとうございます」

「別に感謝されるようなことじゃねぇよ」


 照れくさそうにマットはそっぽを向いた。


「リリアさん」

「タマナさん、それにレフィールさんも」


 戦いを終えたリリアとマットのもとにタマナと受付嬢のレフィールがやって来る。

 タマナはいつものことながら、リリアの戦いを見ていて気が気ではなかった。リリアが勝利した時はホッとして腰を抜かしてしまったほどだ。


「心配しましたよリリアさん」

「ホントにタマナさんは心配性ですね」

「心配性なのはリリアさんのせいです。全くもう」

「あはは、すみません。それよりもレフィールさん、これで私の実力は認めてもらえましたか?」

「……そうですね。ここまでの実力を見せられたら認めざるを得ません。わかりました。リリアさんの冒険者登録を認めます」

「ありがとうございます」

「逆にここで認めないと言える人はいないでしょう。あれほどの力を見せつけられて拒否できる人なんていませんよ」

「そう言っていただけるなら私も頑張った甲斐があります」

「つえぇ奴が冒険者になるのはこっちとしても得だしな」

「そうですね。我々はいつでも優秀な人材を求めていますから」

「ご期待に応えれるだけの働きはしますよ」

「そう期待します。それでは一度受付に戻りましょうか。それから改めて登録を——」


 その時だった。

 パチパチと拍手の音が聞こえてきたのは。


「いやぁ、面白い戦いだったよ」

「あなたは……」


 冒険者の波をかき分けて現れる幼い少女。どこか舌足らずな喋り方でありながら、目を話せない存在感を放っていた。

 その少女の姿を見たレフィールは驚きに目を見開く。


「ギルドマスター!」


 リリアよりもはるかに年下に見える少女。彼女の名はドライン。王都の冒険者ギルド、そのギルドマスターだった。


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