第171話 リリアvsマット 後編

 地を蹴って駆け出したマットは雷を纏った戦斧を大きく振り上げ、リリアに向けて振り下ろす。


「おらぁっ!!」

「っ!」


 振り下ろされた戦斧は訓練場の大地を大きく陥没させた。破片が飛び散りリリアに襲いかかる。

 その膂力は先ほどまでと比べ物にならない。


(戦斧に流れる雷の力で体を強化してる? エクレアさんと同じようなことをしてるわけね)


 もちろんマットの身体強化はエクレアと比べれば雲泥の差があるのだが。それでも脅威であることに変わりはない。


「どうしたおらぁ! まだまだ行くぞぉ!!」


 まるで棒切れのように容易く戦斧を振り回すマット。まるで暴風そのものとなったかのようなマットにリリアはなかなか近づくことができずにいた。


(あれだけの力を維持するには相当な魔力が必要なはず。だからこのまま避けに徹すれば確実に勝てる。勝てるけど……でも、それじゃあ私の力を証明することにはならない。私はあくまで正面からあの人に勝たないといけない)


 腹を括ったリリアはその両腕を魔力で覆う。


「硬く……硬く、もっと硬く、魔力を固める——ふっ!」


 想像するのはミレイジュの使っていた【姉鎧】だ。『姉力』を鎧にして、リリアの打撃を全て無効化したミレイジュ。それと同じことを、部分的に魔力でリリアは再現したのだ。

 触れれば肉片になってしまうであろうことは明白な戦斧の嵐にリリアは自ら身を晒した。

 そして、迫りくる戦斧を素手で殴る。

 魔力で硬化で鉄の如き硬さを得たリリアの両腕は戦斧の一撃にも負けなかった。ビリビリと芯まで痺れるような感覚はあったが、それだけだ。

 リリアの腕には傷一つついていない。

 それを見たマットは驚きに目を見開く。


「おいおい、どんな魔力してんだよお前。俺の戦斧を素手で受け止めるだぁ? 人間技じゃねぇだろ」

「私はハル君の姉ですので。姉は常識の壁を踏み越えていくものなんですよ」

「最高だなぁお前!」


 鉄をも砕く戦斧の一撃を素手で受け止め続けるリリア。

 もちろん容易いことではない。いくら魔力で強化していても、受ける位置を少しでも間違えればリリアの腕の骨は砕け散るだろう。

 その光景を見ていたレフィール、タマナ、そして周囲の冒険者は驚愕に目を見開いていた。

 あり得ない。できるわけがない。しかし目の前で繰り広げられる戦いの激しい音が、衝撃が、それが現実であるということを証明していた。

 リリアと同じことができるかと問われれば、この場にいる者は誰もが否と答えるだろう。命知らずと言われる冒険者達であっても躊躇うようなことをリリアはしていたのだ。

 最初はリリアが何分持つかという話をしていた冒険者達も、気付けば目の前の戦いに目を奪われていた。

 そして普段から命懸けの戦いを繰り広げる冒険者達だからこそ気付いた。

 リリアにはまだ隠している力があると。

 何よりもそれを感じているのは戦い続けているマットだ。

 戦えば戦うほどに、戦斧と拳を交えれば交えるほどにリリアの恐ろしさを感じる。


(勘弁してくれ。こいつがただの《村人》だと? こいつはそんな生易しいもんじゃねぇぞ。どうやったらただの《村人》が《斧使い》の俺とまともに打ち合えるってんだよ。それも素手で)


 底なしなのではないかと思うほどの強さ。

 そして何よりマットを恐怖させたのがリリアの表情だ。

 顔のすれすれを戦斧が通っても、僅かに掠ったとしても。リリアは笑顔だったのだ。

 それも、猛獣のような獰猛な笑み。

 戦いの最中、笑みを浮かべることで自分の心を誤魔化し、鼓舞する人はいる。

 マットもそのタイプだ。意識して笑みを浮かべることで自分の心を奮い立たせている。

 しかしリリアの笑みはそうじゃない。心の底からこの状況を楽しんでいるからこその笑みだ。

 少しでも狂えば命が失われる状況を楽しむ。正気の沙汰では無い。


(狂戦士……そういう職業もあるけどな。こいつは本当の意味での狂戦士だ)


「勝負の最中に考え事ですか? ずいぶん余裕ですね」

「ぐふっ!」


 リリアを見て生まれたわずかな恐怖。それがマットの動きに隙を生んでしまった。

 戦斧の嵐を潜り抜け、マットの懐に潜り込んだリリアは鳩尾を殴る。

 大きく後ろに殴り飛ばされ、腹を抑えて蹲る。


「はぁはぁ……今のはそうとう効いたと思うんですけど、どうですか?」

「っぅ……あぁそうだな。効いたよ。すげぇなお前。ホントにただの《村人》かよ」

「そうですね。そして姉でもあります」

「意味わからねぇな。でもよ。俺にも意地ってもんがあんだ。B級冒険者としての意地がな。このまま舐められたままじゃ終われねぇ」


 口から流れる血を拭って立ち上がったマットは再び戦斧に魔力を注ぎこむ。


「こいつで最後にしようや」

「……いいでしょう。受けて立ちます」


 風と雷。二つを戦斧に纏わせるマット。

 次の一撃にマットは全力を注ぎこむつもりでいた。その威力はまともに当たればリリアなどあっという間にミンチになってしまうであろうほどだ。


「さぁ、受けて見せろよぉ!!」


 高く跳び、重力の力も利用しての必殺。


「『轟雷風衝』!!」

「——『地砕流』!!」


 拳と戦斧がぶつかり合う。

 しかし、その均衡は一瞬だった。


「なっ!?」


 リリアの拳を受け続け、そしてマットの魔力を大量に注ぎ込まれた戦斧はその耐久力を著しく低下させていた。

 結果として、戦斧はリリアの一撃に耐え切れず砕け散る。

 そうなれば後に待つのはマットの無防備な体だけだ。


「はぁああああああっっ!!」


 リリアの振りぬいた拳がマットの顔面に突き刺さり……マットはそのまま意識を失った。


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