第170話 リリアvsマット 前編

 訓練場についたリリアは軽く準備運動をしながらマットのことを待っていた。


「ほっ、よっ、はっ」

「いい動きするじゃねぇか。お前、ただの素人ってわけじゃなさそうだな」

「えぇもちろん。でないと冒険者になろうとなんて思いませんから」

「そりゃそうだ。得物は?」

「これです」


 フンッと拳で空を叩くリリア。


「素手だと? 舐めてるのか?」

「舐めてるわけじゃないですよ。昔は剣を使ってたんですけど、こっちの方が私に合ってると思いましたから」

「はぁ……それじゃあ俺も素手で」

「いえ、あなたはその戦斧を使ってください」

「……本気か」

「えぇ、もちろん。じゃないと私の実力を測れないでしょう」

「どうやらマジみてぇだな。後悔しても知らねぇぞ」


 背中に持っていた戦斧を手に持ち、ブンと振り回すマット。ただそれだけで訓練場内に風が巻き起こり、土埃を舞いあげる。

 そこにタマナと受付嬢のレフィールがやって来る。


「マットさん、待ってください! 戦斧まで持ち出して、本気でやるつもりですか? 怪我じゃすみませんよ!」

「止めないでくれレフィールちゃん。どうやら俺が本気でやるのがこのガキの望みらしいからな。冒険者になるつもりは無いらしい」

「そんなことありませんよ。全力で冒険者になるつもりです。あなたに勝利して」

「オーネスさんも無茶です! マットさんはB級冒険者。ただの《村人》でしかないあなたが勝てる相手じゃありません!」

「確かにマットさんは強いと思いますけど……それと私が勝てるかどうかは別の話ですよ。というより、それでこそやる意味があります。これは私の実力を示すための場なんですから」


 マットの戦斧の威圧にも負けることなくリリアは不敵な笑みを浮かべる。まるで相手にとって不足なし、とでも言うように。

 そうしているうちに騒ぎを聞きつけて他の冒険者も訓練場に集まってきた。


「なんだなんだ。これ何の騒ぎだよ」

「なんでも冒険者志望の小娘がマットに勝負を挑んだらしいぜ!」

「マジかよ。あの【酒壊鬼】に? 命知らずかよ。それともよっぽど強い職業なのか?」

「いや、聞いた所だとただの《村人》だって話だぜ」

「おいおい。それじゃ勝負になんねぇだろ」


 ざわざわと周囲が騒がしくなりはじめる。

 その内容はリリアがどれだけ持つかと言ったものばかりだ。中には賭けまでしている人もいる。

 誰もリリアが勝つとは微塵も考えていない。


(この感じたまらないなぁ。全員が私のことを舐めてる。誰も私のことを知らないから)


 これまでの戦いでリリアは表に立ったことはない。

 ずっと裏で戦い続けてきた。

 だからこそ気分が高揚する。

 自分の力をみせつけれるということに。そして何より、強者と戦えるということに。


「っ! おいおい、なんて魔力だよ。こいつホントにただの《村人》か?」


 獰猛な笑みを浮かべるリリアを見てマットはまるで魔物と相対しているかのような錯覚に陥った。

 模擬戦だと思っていたら足元を掬われる。そう感じたマットは意識を戦闘モードへと変更する。


「先手はもらいます。降参するまででいいですよね」

「あぁいいぜ。こっちもガチでいかせてもらう」

「マットさんっ!」

「悪いなレフィールちゃん。気ぃ抜いたらこっちがやられんだわ」

「え?」

「シッ!」


 リリアが地を蹴ってマットに肉薄する。

 そして高くジャンプしてマットの頭上に向けて踵落としを仕掛ける。


「速いなおい!」


 戦斧を盾にしてリリアの踵落としを防ぐマット。しかしそれでも腕にはビリビリと衝撃が走り、リリアの魔力とマットの魔力がぶつかりあって訓練場内に吹き荒れる。


「っぅ、俺にも引けを取らない魔力ってか。魔力の量には自身があったんだけどなぁ」

「まだまだっ!」


 戦闘への高揚がリリアの魔力を荒ぶらせる。


「お、らぁっ!!」

「うぉっ!」


 戦斧ごと押し切ろうとするリリア。

 急激に力を増したリリアに焦りを見せるマット。しかしマットにもB級冒険者としての意地がある。

 魔力で体を強化し、リリアのことを押し返そうとするがリリアも負けじとさらに魔力で体を強化する。


(『姉力』は使わない。魔力だけで力を示してこそ意味がある。私の踏み台になってもらいますよマットさん!)


「『風雷衝』!!」

「っ!」


 リリアが一気に畳み掛けようとした瞬間、マットが戦斧を大きく振るう。

 マットの魔力を大量に吸い上げた戦斧は雷と風を纏い、リリアに襲いかかる。


「おらおらおらおらぁっ!!」

「風がっ」


 戦斧から生み出された風がリリアの動きを制限し、雷がリリアに襲いかかる。


「魔力にものを言わせた攻撃。めちゃくちゃね。でも、強い」


 雑に見えて隙のない攻撃だ。

 近づくのは容易ではない。それどころか気を抜けばリリアが攻撃を受ける危険まである。


(ただの戦斧じゃないと思ってたけど、まさかこんな力を秘めてたなんて。でも、そうね。これくらいやってくれないと私の力を見せることなんてできない!)


「なんだよこの風と雷、勝負が見えねぇじゃねぇかよ!」

「そうだそうだ!」


 リリアとマットの勝負に見入っていた他の冒険者は、吹き荒れる風のせいで勝負が見えなくなったことに口々に文句を言っている。


「安心して。すぐに風は止むから」


 リリアは膨大な魔力を右腕に集める。


「そっちが力技で来るなら、こっちも力技でいかせてもらうわ——っっっはぁあああああっ!!」


 グッと歯を食いしばって、リリアは右腕を地面に叩きつける。それと同時、リリアの右腕に凝縮されていた魔力が一気に解き放たれた。


「これはっ!」


 解き放たれたリリアの魔力は暴風のように暴れまわり、マットの戦斧が生み出した風とぶつかりあった。

 そして、静寂が訪れる。

 リリアの魔力もマットの風も相殺されて無くなった。

 リリアが何をしたのかを見たマットは苦笑いを浮かべながらリリアのことを見据える。


「マジかよおい……お前何もんだよ」

「普段はただの姉。今は……そうですね、冒険者になることを望む姉、と言ったところでしょうか」

「ただの姉がバケモンみたいな魔力放てるかよ」

「降参してくれるんですか?」

「なわけねぇだろ。気が向かなかったが……ここまでやれるなら話は別だ。こっからは、本気で行かせてもらうぞ」

「それはそれは。楽しみです」


 軽々と戦斧を持ち上げ、高々と掲げるマット。


「『雷獣モード』だ」


 バチバチと戦斧の表面を雷が走る。


「第二ラウンド開始だ。行くぞ、おらぁ!」


 そう言って今度は、マットからリリアに仕掛けた。




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