第161話 決着

 体が熱い。体の中を流れる血が燃え盛っているような感覚をリリアは覚えていた。


「はぁっ!!」

「おらぁっ!」


 すでに何度目かわからない打ち合い。リリアが力を上げれば上げるほど、ガドもその勢いを増していく。

 リリアの右足で蹴りを、左腕で防いだガドはリリアの顔面を狙って右拳を放つ。音速にすら到達しようかというガドの拳。当たれば致死。しかしリリアはその拳を『空風花』で受け流す。だが無茶な姿勢で『空風花』を使ったせいで追撃はできない。


「ちぃ、うぜぇ技だなおい」


 何度も仕留めよう、殺そうと攻撃を続けるガドだが致命となる一撃は全て『空風花』で躱されてしまう。その事がガドにどうしようもない苛立ちを与えていた。

 しかし、それでもガドにはまだ余裕があった。その理由はただ一つ。リリアの攻撃を完全に見切っていたからだ。

 もう何度も打ち合った。その中でガドはリリアの攻撃の癖、初動を読み切っていた。右腕が折れた状態での戦い。右腕が使えないと言うだけで攻撃の手段もかけれるフェイントも限られる。

 そうなれば攻撃を読み切ることなどガドには容易かった。戦うことにのみ特化した才能。それこそがガドの全てだった。


「でも楽しいなぁおい! どんな気持ちだおい、少しずつ追い詰められていくのはよぉ!!」


 明らかなジリ貧。勝利を確信したガドはそう言ってリリアのことを嘲笑する。しかし、リリアの瞳からは依然として戦意は失われてしなかった。

 むしろその逆。ボロボロになりながらも、その瞳に宿るのは揺るぎない戦う意志。リリアの中にある姉としての矜持、そして怒り、全てが混ざり合い揺るぎない意志へと変化していた。


「私に勝ち誇るなら私を殺してからにすることね。私に勝てないあなたにはできないことかもしれないけど」

「あ?」

「何度でも言うわ。あなたは私には勝てない。絶対に」

「ちっ、いいぜ。だったら見せてやるよ。俺の本気の本気、大本気をなぁ!」


 ガドはリリアから距離を取ると、ニヤリと笑う。


「『炎付与』」

「っ!」

「『両腕鋼鉄化』『脚力上昇』『腕力上昇』『バランス強化』!」


 それは明らかに付与の力だった。ガドのはったりなどではない。事実として、ガドの体にはどんどん強化が施されているのだから。


「馬鹿な! 奴は《付与士》ではないはずじゃ!」


 その光景を見ていたリオンは思わず驚愕の声を上げる。これまでの戦いからガドが《付与士》でないことは明白だった。そしてその付与の力はガルのものであるはずだったのだ。しかし現実としてガドは付与の力を使っているのだ。


「あぁそうだぜ。俺は《付与士》なんて軟弱な『職業』じゃねぇ。でもよぉ、《付与士》じゃなきゃ付与ができねぇなんて、誰が決めたよ。それになぁ、弟のもんは兄である俺のもんなんだよ」

「っ、あなたまさか!」

「ひゃははははっ! 気付いたかぁ? そうだ。奪ってやったんだよ。ガルからなぁ。俺の《拳闘士》としてのスキル【簒奪拳】でなぁ!」


 【簒奪拳】。それは、殺した相手の『職業』を一時的に奪うことができるという能力。《拳闘士》としての力を高め続けたガドが手に入れた、奥の手だった。

そしてその力で、ガドはガルの《付与士》としての力を奪ったのだ。


「さぁ、この状態の俺とどうやって戦おうってんだてめぇはよぉ!」

「……くだらない」

「んだと?」

「その程度で強くなったつもりなら、とんだお笑い種ね。断言してあげる。あなたはもう、私に触れることすらできない」

「上等だゴラァ! 押し潰れやがれぇ、『岩砕鉄拳』!!」


 怒りに火が付いたガドは、体に漲る力そのままにリリアに飛び掛かる。その速さは先ほどまでとは比べ物にならない。目で追うことすらできない速さ。

 リリアは反応することすらできずに殴られ、内臓がぐちゃぐちゃになって死ぬ。そのはずだった——。


「なっ!」


 しかし、ガドが拳を振りぬいたその時、そこにリリアの姿は無かった。

 その直後だった。ガドは殺気を感じて頭上を見上げる。そしてその眼にしたのは眼前に迫るリリアの足だった。


「【姉獅落とし】!!」

「がはっ!」


 『姉力』の込められた踵落とし。その一撃をまともに喰らってしまったガドはそのまま床に顔面を叩きつけられる。

 一瞬の意識の空白。すぐに意識を取り戻し体を起こしたガドだったが、その時にはリリアの追撃が迫っていた。


「【姉弾——】」

「っ!」

「【散雨】!」

「ぶはぁっ!」


 ガドの全身をリリアの左拳が激しく打つ。雨のように降りそそぐ拳が、ガドに一切の反撃を許さない。


「なめ……るなぁっ!!」


 両腕に纏わせていた炎を爆発させ、無理やりリリアのことを引き離すガド。しかし、それが苦肉の策であることは明白だった。


「はぁ、はぁ、なんなんだよちくしょうが! なんで俺が殴られてんだよぉ! 殴られるのはてめぇのはずだろうが!」

「そう思うなら来なさいよ。無駄だけどね」

「っっ!! なめんじゃねぇぞ!」


 刹那の踏み込み。ガドが自身に施した強化は切れたわけではない。

 リリアに押されているという事実を認めるわけにはいかなかった。しかし、ガドの拳がリリアに触れることはなかった。

 逆にリリアはガドの攻撃に合わせて膝を置き、鳩尾に膝を叩き込んだ。


「ぐぼっ!」


 血反吐を撒き散らしながら地面を転がるガド。それでもすぐに起き上がったガドだが、その表情は焦燥に満ちていた。


「なんでだよ、なんで当たらねぇんだよ!」

「まだわからないの?」

「あ?」

「あなたの力は速さ、決断力、そして腕力。この全てのバランスが取れているからこそ成り立っていたものだった。でもあなたはそのバランスを付与の力で自ら壊した。なら対処も容易い」

「んなわけねぇだろうが! ガルが強化していた時は」

「彼はあなたの力のバランスを考えて強化を施していたわ。そのバランスを崩さないように。だからあなたを純粋に強くすることができた。でもあなたは違う。そんなことすら考えず、ただむやみに強化しただけ。いいえ、強化にすらなってないわね」

「んだと……」

「あなたが自分でなんでもできると驕った結果。それがあなたの敗因」

「まだ負けたわけじゃねぇ!」

「いいえ、終わる。終わらせる。次の一撃でね——【弟想姉念】」


 リリアの『姉力』が爆発的に膨れ上がる。


「さぁ、終わりよ」

「っ!」


 地を蹴ったリリアは、左腕に『姉力』を集中させる。

 しかしそれを見たガドは内心ニヤリとほくそ笑んだ。


(はっ、バカが。お前だって攻撃手段がまるわかりなんだよ。右腕の折れてる状態じゃ右腕で攻撃はできねぇ、力が溜まってるのは左拳。つまり、お前の攻撃は絶対に左だ! それがわかってりゃカウンターを入れるぐらいできんだよ!)


右側の防御を固めたガドはカウンターを叩き込むために力を溜める。

そして——。




「【姉弾——】」

「はっ、バカが! お前の攻撃は読めて——っ!?」


 次の瞬間、ガドは驚愕に目を見開く。

 力が溜まっていたはずの左拳に、全く力が残っていなかったから。

 消えたわけではない。移動させたのだ。折れているはずの右腕に。

 ガドがそれに気づいた時にはもう遅かった。


「っ! ま、待——っ」

「【一角獣】!!」


 渾身の一撃がガドに突き刺さる。

 何度も地をバウンドして飛ばされたガドは、壁にぶつかってようやく止まる。そしてもう、再び起き上がることはなかった。


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