第162話 ガドの最期
ガドのぶつかった壁が崩壊し、パラパラと破片を撒き散らしている。倒れたままのガドに動く気配はない。
リリアは警戒しつつ、ゆっくりと倒れたガドへと近づく。確実に倒したと判断できるその瞬間まで気を抜くことなどできないからだ。
「はぁ……はぁ……っぅ」
右腕に走る激痛にリリアは思わず顔をしかめる。しかしそれもそのはずだ、最後に一撃に使った右腕は完全に折れた状態だった。そんな右腕でガドのことを全力で殴ったのだ。それはもう痛いなどというものではなかった。
「くっ、折れてる程度で……」
今のリリアの右腕は見るも無残という言葉が相応しいほどに悲惨な状態になっていた。
ガドのもとまでたどり着いたリリアは倒れたままのガドに視線を向ける。
「驚いた、まだ生きてたのね」
「……がふっ……はっ、当たり前……だろうが」
血反吐を吐きながらも悪態を吐くガド。しかし、起き上がる気配はない。それどころか怪我の具合を見るに明らかに致命傷。このままでは死ぬことは明白だった。
「あぁ畜生……こんなところで……俺は……」
「自業自得よ。もしここで彼が……あの弟が生きていれば、あなたにも助かる可能性はあった。でもそれはあり得ない。他ならないあなたの手で、弟を殺したんだから」
「はっ、誰があんなクソ愚弟に助けてもらうか。そんなことになるくらいなら……死んだ方がマシだ」
「……結局あなたは最後の最後まで変わらないのね」
「当たり前だろうが……それより、お前こそなんなんだよ。なんで……てめぇみたいなやつがいんだ」
「言ったでしょ。私は姉よ。ハルトの姉。ただそれだけ。でもそれが……私の全て。弟を守る。そのためだけに私は強くなったんだから」
「はっ……わけわからねぇ、なんだよそれ」
「あなたが兄であったなら、この勝負もわからなかったかもしれない……でもあなたは、兄であって兄じゃなかった。だから負けた」
「……は……くだら……ねぇ……でもよ、楽しかった……ぜぇ、くはは……」
「私は最悪の気分よ」
「くはは……そいつは……よかったぜ……」
そしてガドは目を閉じ、そのまま二度と目を覚ますことは無かった。
「……本当に……最悪の気分」
結局のところ、ガドは最期の瞬間までガドのままだった。ガルに対する罪に意識も何もなく、ただ満足のいく戦いをできたことだけを喜んでそのまま死んでいった。
逆にリリアは勝者であるというのに最悪の気分だった。怒り、悲しみ、様々な感情が渦巻いたまま、消え去ることはない。
「姉さん!」
「リリア!」
「ハル君……リオンも」
「終わった……の?」
「……えぇ、終わったわ」
「褒めたくはないが流石じゃのう。左で殴ると見せかけて、折れた右で殴るとは。まったく、無茶をするやつ……ん? おいどうしたのじゃリリア」
「大丈夫……もう……大丈夫……だから」
「姉さん?」
リリアはぐらりと視界が揺らぐのを感じた。目の前にいるはずのハルトとリオンの体がぶれ始める。
ここで倒れるわけにはいかないと踏ん張ろうとするリリアだったが、その努力も空しくその体は重力に引かれて地へと崩れ落ちていく。
慌てて近づいて来るハルトやリオン、イル達の姿が見えるが体は思うように動かない。それどころか、上手く言葉を発することすらできない。
必死に叫ぶハルト達の声が遠のくのを感じながら、リリアの意識は闇の奥底へと落ちて行った。
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意識の奥底へと落ちていったリリアの意識。しかし、リリアはそこでも目を覚ますことはなく眠り続けたままだった。
そんなリリアのことを、『リリア』と『宗司』が優しく受け止める。
「無茶しやがって……」
「体も心も……相当傷ついてる」
「無理もないだろ。この所ずっと連戦だったし」
カイザーコング、アースドラゴン、ガイアドラゴン、そしてセルジュやミレイジュ、魔物と戦い、最後にはガドと戦った。
常人であれば何度も死んでるであろうほどの傷を負いながら、それでも戦い続けたのだ。全ては、ハルトを守るため、その強さを手に入れるために。
「でもさすがにしばらくは目を覚ましそうにないわね」
「当たり前だろ。っていうか、むしろ目を覚ましても強制的に休ませる。今のこいつに必要なのは休息だ。体も……心もな」
「ふふ、自分で自分のことを強制的に休ませるっていうのも変な話だけどね」
ここにいるもう一人の『リリア』も、そして『宗司』も、結局はリリアと同一の存在なのだから。
「あんまりにも頑張ってるから、思わず手を貸しちゃったくらいだし」
「そういえば、一回外に出てたな。大丈夫なのか?」
「うん、それは大丈夫。短い時間だけだったから」
ミレイジュとの戦いの最中、『リリア』は一度リリアの体を借りて外に出た。それも短い時間ではあったのだが。
「リリア……どんどん強くなってるね。私達が予想してるよりずっと速く」
「そのたびに無茶されちゃたまったもんじゃないけどな。まぁでも、この分ならオレ達が完全に混ざり合う日も、そう遠くはなさそうだな」
「……そうだね」
「? どうかしたのか?」
「ううん、なんでも。そうだね、早くそうなってくれるといいんだけど……」
物言いたげな瞳でリリアのことを見つめるもう一人の『リリア』。彼女が何を思っているのか、それは誰も知る由はなかった。
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