第159話 慟哭

 その瞬間を、ハルトは最も近くで、鮮明に見てしまった。

 なんとかガドの攻撃に対処しなければと顔を上げたその時だった。ハルトを守るようにその前に立ったガル。その胸をガドの拳が貫いたのは。


「あ……」


 呆然と目を見開くハルト。その眼前で飛び散るガルの鮮血がハルトの頬にぴしゃりと着く。


「あ……あぁ……」


 ハルトの心を絶望が覆う。何が起きたのかということはわかっているはずなのに、頭が理解することを拒否する。

 そうすれば現実を否定できると思っているかのように。

 しかし、現実は無情だった。


「がふっ……」


 ガルの体がゆっくりと倒れ始める。その様子を見てハルトは弾かれるようにガルの体を支えた。ガルの体から溢れ出る血で自分が汚れることすら厭わない。必死にガルの体から出る血を抑えようとするが、もちろんそんなことでガルの出血が止まるはずもない。


「ガル君っ、ガル君! しっかりして!」

「ぁ……ハルト……君、よか……無事で……」

「止まらない、血が止まらないんだ! リオン、ロウ、なんとかできないの!」

『落ち着くのじゃ主様!』

『そうだよ、慌てたって何も——』

「そんなこと言ってる暇ないんだ! 早く、早くしないとガル君が!」


 もはやハルトは半狂乱のような状態だった。精神を乱してしまったことが原因か、【カサルティリオ】による強化も途切れてしまった。


「どうしたら……どうしたらっ」


 そうしている間にも、ガルの体から血は流れ続け、どんどん生命力が無くなっていくのをハルトは感じていた。


「くはははははっっ! こりゃ傑作だ。守ろうとして自分が殺されるなんてよぉ!」


 ガドはそんなガルのことを見て心底おかしくてたまらないと言った様子で高笑いする。死にそうになっているのが自分の弟であるというにも関わらず。


「おっと、動くんじゃねぇぞてめぇらぁ!」


 ガルは近づこうとしていたリント達が近づけないように地面を殴り、その行く手を阻む。


「こっからが楽しいところなんだからよぉ」

「っ、退きなさい!」


 行く手を阻まれるリント達のなかで、リリアだけはそれを避けてハルト達のもとへ駆ける。しかしガドはそれを止めることはしなかった。

 ニヤニヤと笑って、その行く末を見ていた。


「どいてハル君!」

『それは、ユニコーンの聖薬じゃと! お主そんなものどこで』

「そんなの後にして!」


 リリアはハルトからガルの体を預かると、ユニコーン——イリスから貰った『ユニコーンの聖薬』をガルの口に注ぎ込んだ。

 それは賭けだった。死の淵からでも蘇ると言われる『ユニコーンの聖薬』。しかし、それが効くかどうかも怪しい状態だったのだ。

 ハルトも、そしてリリアも祈るような気持ちで『ユニコーンの聖薬』をガルが嚥下するのも見守る。もし効果があるのであれば、すぐに傷が塞がる……はずだった。


「がふっ、がはっ!」


 ガルはさらに血を吐き出し、治る気配は全く無かった。


「そんな、どうして!」

『ユニコーンの聖薬はあくまで生者の薬。向こう側へ行ってしまった者には効きはしない』

「でもまだ彼は生きてるじゃない!」

『お主も……そして主様もわかっておるはずじゃ』


 リオンの言葉に、リリアは思わず唇を噛む。『ユニコーンの聖薬』すら効かないというのであれば、現状でガル救う手段は無かった。


「そ、そうだ! 【カサルティリオ】の『怠惰なる不死鳥』の力を使えば」

『無理だよ。あれはあくまで主様専用。方法がないわけじゃないけど……今は絶対に無理。それに、もし使えたとしても……今の主様に、死者を蘇らせるほどの魔力は残ってない』

「そんな……」


 一つ、また一つの可能性が消えそれと同時にガルの命は終わりへと近づいていく。


「い、いいんだよ……ハルト君」

「ガル君、大丈夫! って、あぁ、大丈夫じゃないよね。でも絶対に、絶対に助けるから!」


 必死にガルのことを励ますハルトだが、そんなハルトとは対照的にガルは全てを受け入れたような笑みを浮かべていた。


「いいんだ……もう。なんとなくだけど……わかるからさ」

「っ! 嫌だ……嫌だよガル君、そんなこと言わないで!」

「……もうダメだなってことはわかるんだけど……不思議と体は楽なんだ。痛みもないし」

「勝手に諦めないでよ! せっかく、せっかくガル君と友達になれたのに」


 堪えきれなくなった涙がハルトの頬を伝って、ガルにかかる。


「僕……ハルト君の……友達に……なれたのかな」

「うん、当たり前じゃないか。ガル君はボクの大事な友達だ」

「……そっか、嬉しいなぁ」


 ハルトの涙から感じる、確かな温もり。それをガルは感じていた。


「いっぱい……いっぱい間違え続けた人生だったけど……でもね、ハルト君に会えたことだけは……良かったことだって、はっきり言えるんだ。だから、だからね」


 涙を流し続けるハルトに、ガルは今までで一番の笑顔を浮かべる。


「僕と友達になってくれて……ありがとう」


 ゆっくりと手を伸ばしたガル。しかし、体はまるで鉛のように重く、思うように動かすことができなかった。


(あぁ、もう……動かないや)


 そして、急激に襲ってきた眠気に誘われるままにガルはゆっくりとその瞼を閉じた。


「ガル君? ガル君、ねぇガル君!」


 ハルトがどれだけ叫んでも、もうガルが反応を示すことはない。ガルは命はその灯火を完全に消してしまっていた。


「う……あ、っぁあああああああああああああああっっっ!!!」


 冷たくなってしまったガルの体を抱き、ハルトは叫ぶ。

 その慟哭がいつまでも城の中に響き渡り続けるのだった。




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