第157話 ガルの想い
リリアとガドの戦いは時を追うごとに苛烈さを増していった。それはもはや人族と魔族。女と男などという領域を超えた、純粋な力と力のぶつかり合いだった。
肘打ち、裏拳、膝蹴り、踵落とし。数多の技と力をぶつけ合い、それでもガドは倒れずリリアも倒れなかった。
「拳闘技——『岩砕鉄衝』!!」
「【姉障壁】!」
ガドの放つ技はどれも必殺。魔力武装『闘牙』によって拳を強化したガドの一撃は、当たれば致命となることは必至のものばかりだった。
カイザーコングの攻撃すら防いだ【姉障壁】であっても、まるでガラスのように容易く砕かれてしまう。しかしそれでも僅かに威力を減衰させることはできる。それであれば避けることができるのだ。
眼前に迫る拳を冷静に見たリリアはカッと目を見開いて踏み込んだ。そして、迫る拳へ向けて自ら近づく。拳がリリアに触れるその刹那、深く身を沈みこませたリリアはその拳を掻い潜ってガドへと肉薄する。
当たれば必殺の一撃に身を晒すなど正気の沙汰ではない。もし少しでも臆して動きが萎縮してしまえばリリアの頭は林檎のように砕け散るだろう。それを何の躊躇いもなく行ったのだから。
「っ!」
「【姉破槌】!!」
しかし、その危険を冒したからこそリリアはまたとない攻撃のチャンスを得た。拳を振り切った姿勢のガドはすぐに防御の姿勢をとることはできない。そこにリリアは強烈な一撃を叩き込んだ。
「がはっ!」
「吹き、飛べぇええええええ!!」
手ごたえありの完璧な一撃。ガドはリリアの【姉破槌】を受けてゴロゴロと地面を転がる。リリアはそこで攻撃の手を緩めることなく、畳み掛ける勢いで攻撃を仕掛ける。
「【姉獅落とし】!!」
地面を転がるガドへの追撃。それに気づいたガドは間一髪で起き上がり、リリアの踵落としを避けた。数瞬前までガドの頭部があった床は踏み砕かれ、陥没する。もしガドの頭がそこにあればどうなったかなど想像に難くない。
「あはははははっ! 自分から攻撃に突っ込んでくるとか気でも狂ってんじゃねぇのかお前!」
「少しでも判断が遅れたら死んでたのに笑ってられるあなたの方が狂ってると思うけど」
「かもなぁ、だったら気が狂ってるもん同士、もっと上げてこうぜぇ!」
突っ込んでくるガドを見てリリアは若干苦い表情をする。【姉獅落とし】は避けられたものの、その前の【姉破槌】は確実にガドに命中していた。リリアの手にもしっかりとした手ごたえがあった。だというのに、ガドは平気な顔をしているのだ。戦闘の高揚感によるものなのか、ガドは打っても打っても立ち上がる。決してリリアの攻撃力が低いわけではない。この戦闘の中でリリアは何度も痛感していたことだが、驚異的なタフネスだった。
(これ以上の攻撃をしようと思ったらもっと溜めがいる。でも、そんな余裕があるわけがない)
【姉破槌】や【姉獅落とし】以上の攻撃となれば【姉弾】があるのだが、【姉弾】は打てる回数が限られているうえに、若干の溜めがいる。その隙を許してくれるほどガドは甘くなかった。
リリアもガドも超近距離を主体とする戦闘スタイルだ。力を溜めようとして隙を作ればすぐに食らいつかれるだろう。それがわかっているから、リリアも迂闊な行動はできなかった。
そうして戦い続けるうちに、リリアとガドの戦場は少しずつ移動し、ハルトとガルのいる方へと近づいていた。
「ひゃははははははっ!! 最高じゃねーかぁ!」
「いい加減に、沈みなさい!」
あまりにも突然やってきたリリアとガドにハルトも、そしてガルも驚きを隠せなかった。
「姉さん!?」
「っ! ハル君!?」
「勝負の途中でよそ見してんじゃねぇぞ!」
「っ、ぐぅっ!」
一瞬の動揺。ハルトの声を聞いて、リリアに僅かな隙が生まれてしまった。至近距離戦闘において一瞬でも相手から意識を逸らすのは自殺行為でしかない。そしてもちろんガドもリリアの意識が逸れた一瞬の隙を見逃さなかった。
容赦のない一撃がリリアに襲いかかる。とっさに反応したリリアだったが、右腕で防御するのが精一杯だった。
右腕が圧し折れる嫌な音が響く。苦痛に顔を歪めるリリアだったが、すぐに気持ちを立て直し反撃の蹴りを叩きこんでガドのことを無理やり引きはがす。
「っぅ……油断した」
「ね、姉さん、大丈夫!」
「近づかないでハル君。まだ終わってない」
「っ!」
近づこうとしたハルトのことを止めるリリア。その視線の先ではガドがゆっくりと立ち上がろうとしていた。
「いってぇなぁ。あの状態から蹴れんのかよ。つくづくふざけてんなぁ、お前」
「お褒めにあずかり光栄よ。できればそのまま沈んでくれたら嬉しかったのだけど」
「そいつは悪かったな。でもよぉ、どうやら勝負はついちまったようだな」
ガドはニヤニヤと笑いながらリリアの右腕に視線を向ける。リリアの折れてしまった右腕へと。
「その腕じゃもうまともに戦えねぇだろ。俺の勝ちだな」
「まだ右腕が折れただけよ。それで勝ったつもりなの?」
「強がるのも大概にしとけよ。さっきの状態で俺とやりあえるつもりか?」
「あなたなんて左腕だけで十分よ」
「はっ、あくまで俺に直接殺されてぇってか。だったらいいぜ。絶望ってもんを教えてやるよ。おいガル!」
「っ!」
突然名前を呼ばれたガルはビクリと肩を震わせる。
「なにボーっと突っ立ってんだよ。さっさと強化よこせや」
「あ、あの兄さん……」
ガドの刺すような眼光に怯えつつ、やがてガルは意を決したように言った。
「兄さん、もうやめよう」
「……あ?」
「兄さんだってもうボロボロじゃないか。これ以上戦い続けたって、ここで勝ててもその先が——」
「っ」
息の詰まるような殺気がガルのことを包みこむ。心臓がバクバクと脈打ち、視界が暗くなりそうになる。ガドに逆らうなど、ガルにとっては初めてのことだった。
しかし、だからこそガドは怒り狂っていた。弟が、ただの道具だとしか思っていなかったものが自分に反抗してきたからだ。
「道具でしかねぇお前が、俺に逆らってんじゃねぇぞ」
「——っ」
「ガル君は道具なんかじゃない!」
心が折れそうになるガル。しかし、そんなガルの心を支えたのは他でもないハルトだった。
ガドの殺気から守るように、ハルトはガルの前に立つ。
「ガル君はガル君だ。あなたの道具なんかじゃない!」
暗くなりかけていた心が晴れていく。ハルトの言葉が、純粋な意思が。ガルにこの上ない勇気を与えてくれた。
グッと拳を握ったガルは、俯きかけていた顔を上げて強い意志を込めて言い放った。
「僕はもう……兄さんに使われるだけの道具になりたくない。ハルト君を……他の誰かを傷つけたくなんてない! 僕はハルト君の……友達になりたいんだ!」
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