第156話 ハルトとガルの決着

「ぐ、くぅ!」


 ハルトの気迫にガルは思わず気圧されてしまう。それは、この勝負の中で初めてガルが気後れした瞬間だった。

 ガルは心底苛立っていた。気軽に助けるなどという言葉を使うハルトにも、そしてそんな言葉に動揺してしまった自分自身にも。


「助ける? 君が、僕を? できもしないことを言わないでくれるかな。それとも、できもしないことを言うのが君の信条なのかな?」

「ボクは本気だよ。たとえ誰に何を言われたとしても、ボクは君を助ける。そう決めたんだ」

「……助ける助けるってさ。僕は別に助けなんて求めてない。僕に望みがあるとしたらそれは君を殺すこと。ただそれだけだ!」

「違う! 君は心から誰かを殺したいなんて思えるような人じゃない!」

「君が僕の何を知ってるっていうんだ!」

「知らなくたってわかることはあるよ。これでも人を見る目だけは姉さんにも褒められたんだ」


 あくまで確信も持って言うハルトにガルは言いようもない感情を覚えた。その感情がなんであるのかをガルは理解しないように、無理やり怒りで自分の心を埋めようとする。


「そんなこと……僕には関係ない! 僕は君のことを殺す。どんな手段を使っても、絶対に!」


 ガルは短剣を投げ捨ててハルトの体を蹴り飛ばす。


「ぐっ」

「そうだ。僕が殺さないといけないんだ。君のことを、絶対に!」

「ガル君!」

『無駄じゃ主様。今のあやつはどれほど言葉を尽くそうとも聞きはせん。話を聞かせたいなら、完全に戦えなくしてからじゃ』

「殺す殺す……僕が、絶対に」


 自分に暗示をかけるように呟き続けるガルの様子を見れば、まともに話ができないことなど明白だった。


「……そうだね。言っても聞かないなら、無理やりにでもわからせてみせるよ。ボクの思いを」

『うむ。その意気じゃ主様。あやつの性根、妾達の力で叩き直してくれようぞ!』


 短剣を捨てたガルはすでに素手の状態になっている。対するハルトは剣を持ち、ロウの力で強化された状態だ。

 ハルトとガルの差は歴然だった。しかしだからといってハルトは油断しない。完全に勝利するその瞬間まで、何が起こっても不思議ではないのだから。


「うぁあああああああっっ!」

「甘いよガル君!」


 短剣を失ったガルは、その両手に炎を付与し突っ込んでくる。しかしその炎もハルトのものに比べればまだ温かった。ハルトの炎はガルの炎を呑み込み、押し返す。


「っぅ、それなら!」


 ガルは鋼鉄化させていた足で蹴りを放つ。だが、それすらも今のハルトには無意味なことだった。


「ロウ!」

『任せて主様』


 ハルトを蹴り殺さんと放たれた一撃は、ハルトの側面に突如として現れた炎の壁に阻まれる。今やハルトがその身に纏う炎はハルトを守る絶対の盾となっていた。攻撃にも守りにも使うことができる。これこそが【怠惰】の真の力だった。


『悪いけど、もう君の攻撃じゃ主様には傷一つつけられないよ』

「くそ、僕の邪魔をっ」

「終わりだよガル君!」

「っ! がはっ!」


 炎の壁を突き破り、ガルに肉薄したハルトは服を掴んで背負い投げを決める。背中を強打し、肺の空気を無理やり押し出されたガルは苦し気に喘ぐ。その隙を逃さずにハルトはガルの体を無理やり抑えつけた。


「ボクの勝ちだ」


 ハルトの体の下でもがくガルだが、完全に決められているためまともに動くことすら叶わない。


『無駄じゃ。下手に動けば怪我をするだけじゃぞ。もう諦めよ。貴様に勝ちの目はない』

「くっ……」


 抵抗を続けていたガルだったが、リオンの言葉で完全に動きを止める。


「どうして殺さないのさ」

「え?」

「この状態なら僕を殺すことくらい簡単なはずでしょ。どうして殺さないのさ。僕は……君の敵なのに。それとも、敵にも情けをかけるのが君のやり方なの?」

「……ううん。違うよ。できれば誰のことだって殺したくないけど、それができるほどボクは強くない」


 ハルトとて殺さずに済むならそれが一番だと思っている。しかし、世の中がそれほど甘くないことをハルトは知っている。今だリリアに守られているような自分では、それができないということも。


「それでも、そんなボクでも譲れないものはあるんだ」

「譲れないもの?」

「友達だよ。友達のためならボクは、命だって賭けることができる。命を賭けるなんて簡単に言うことじゃないけど、それでもそう言えるくらいにボクにとって友達はかけがえのない存在なんだ。友達が……大切な人達がいるからボクは戦い続けることができるんだ」

「……それで、ボクのことも友達だから殺さないって?」


「うん、そうだよ」


「……なんだよそれ。ボクのことをよく知りもしないくせに」


「そうだね。ボクは君のことをまだちゃんと知らない。でも、相手のことをよく知らなきゃ友達になれないなんてことはないんだよ」


「ボクは君が思うような優しい奴じゃない」


「そうなのかもしれない。でも、ボクはそのことも知らない。ボクが知ってるのは、ボクが知ってるガル君だけだから。だからね、これから教えて欲しいんだ。君のことを」

「僕のことを?」

「うん。そして、同じくらいボクのことも知って欲しい。ボク達はまだ友達になったばかりだから」

「でも、僕はいっぱい間違えて……」

「うん、そうだね。ガル君は間違えたのかもしれない。でも、間違ったならやり直せばいい」

「そんなの綺麗ごとだ。やり直そうと思ってやり直せるなら、ボクみたいなやつは生まれないよ」

「確かに綺麗事かもしれない。でも、綺麗事だってなんだって、言わないと現実にならないよ」

「……ハルト君……」


 ガルの体からフッと力が抜ける。

 ハルトが力を抜いてもガルが暴れ出すようなことは無かった。


「だからガル君、ボクと一緒に——」


 ハルトが言いかけたその瞬間だった。


「ひゃははははははっ!! 最高じゃねーかぁ!」

「いい加減に、沈みなさい!」


 激しい戦いを繰り広げるリリアとガドが、ハルトとガルの前へ現れた。


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