第155話 想いの丈

 激しい炎がハルトの体を包み込む。熱く、激しく燃え盛る紅蓮の炎。

 しかしその炎はハルトの体を包み込むだけでは止まらず、徐々にハルトの体を燃やしていった。


「っ! 炎が!」

『焦らないで。この炎は主様を害するものじゃない。むしろその逆。守るための炎。拒まないで』

「っ……」

『不死鳥は塵からでも蘇る不死の存在。そして今の主様にはその不死鳥と同じ力が宿ってる。だから大丈夫。絶対に大丈夫だから』


 ロウの言葉には不思議な説得力があった。だからこそハルトはロウの言葉を信じることにした。すると、ハルトが抵抗を止めた影響なのか炎が一気にハルトの体を焼き尽くす。

 自分の体が燃えていくと同時に、視界まで炎に包みこまれ炎と一体になったかのような感覚に陥った。

 毒によって体に満ちていた倦怠感も、怪我による痛みも、全てが無くなり、ただ炎の熱だけをハルトは感じてた。

 そんなハルトの耳にロウの静かな言葉だけが聞こえた。


『再臨の炎』


 ロウの言葉と共に炎が爆発した。そして、ハルトは自分の体を取り戻す。再誕したハルトの体には毒も傷もなく万全の状態へと回帰していた。それだけではない、その背には不死鳥を思わせる巨大な炎の翼が生え腕も足も炎に包まれていた。

 しかし今度の炎はハルトを焼くようなことはない。だというのに、相対するガルはその炎から確かな熱を感じ取っていた。


「これが……【怠惰】の新しい力」


 完全に回復したハルトは、その体に満ちる力の大きさに戸惑っていた。


『そうだよ。これが主様が『煉獄道』をクリアしたことで手に入れた新しい力『怠惰なる不死鳥・回生輪廻』。前までとは比べものにならないよ』


 体の奥底から湧き上がる力が何よりもそのことを証明していた。


『さぁやろう主様。あの生意気な奴に主様と私の力を見せつけてやろう』

『妾もおることを忘れるな! 急に支配権を奪いおってからに!』

『断ってる時間なかったんだからいいでしょ。ほんとそういう細かい所面倒くさい』

『なんじゃと! だいたいお主は昔から——』

「二人ともこんな時に喧嘩しないでよ……」

『ほら、主様もこう言ってるよ』

『ぐぬぬ……役に立ったからと調子に乗りおって。あとで覚えておるがよいのじゃ』


 戦いの最中であるということも加味してか、言いたいことは山のように積もっていたリオンではあったが、なくなく言葉を飲み込んだ。


『今の妾達ならばあやつを確実に倒せる。主様、一気に決めるのじゃ!』

「……うん!」


 ハルトは剣を構え、ガルに向かって駆け出す。炎の推進力を手に入れたハルトはそれまでよりもなお速く移動することができた。


「っ、速い!」

「はぁあああああああっ!」


 剣を振りあげ、上段から振り下ろすハルト。ガルは手に持った短剣でハルトの剣を防ぐが、それまでとは比べ物にならないほどの圧がガルに襲い掛かってきた。押し切られまいと全力で踏ん張るガルだが、それでも耐え切れずに少しずつ押し込まれてしまう。


(なんだこれ。さっきまでとは比べ物にならないほどの力だ。それに、速さも……毒の影響も完全に消えたみたいだね)


 毒で逆転できたかと思ったら、その直後には再び巻き返されている。その事実にガルは笑いすらこみあげて来た。


「あは……あはははははっ!」

「何がおかしいのさ」

「だってそうでしょハルト君。これが笑わずにいられる? 僕がどれだけ力を尽くしても、君はそれを乗り越えてくるんだ。確実に殺せると思った方法でさえ、君はなんなく対処してみせた! これが笑わずにいられる?」

「違う。ボクが対処できたわけじゃない。ロウが、仲間がいたからボクは助けられたんだ!」

「それは詭弁だよハルト君。それも含めて君の力だろう。僕が持てないものを君は全部持ってる。こうしてる今だって、君と僕が一対一で戦っているようでそうじゃない。後ろにいるあの人達が君のことを殺させまいと目を見張ってる。もし君があのまま毒に侵されたままだったとしても、別の誰かが君のことを助けたんだろうね。翻って僕は? 誰の助けも期待できない。ここで負けることはそのまま死を意味する。どうしてさ。どうして君ばっかりそんなに多くの物を持ってるんだ!」


 言葉に込められる怨嗟の感情が向かい合うハルトに直接叩きつけられる。剣に纏わせた炎と上昇したハルトの力で短剣は少しずつ溶け、ガルの頬は炎で焼かれていた。だというのに、ガルはそんなこともお構い無しにハルトに近づこうとしてくる。


「正直羨ましくて仕方が無いよ。優しい家族。頼りになる仲間、友達! どうして君と僕でここまで差があるのさ。どうして、僕は君と同じものを持てないんだ!」

「それは違うよガル君」

「なんだって?」

「君が何も持ってないなんて、そんなことない。君は持ってるじゃないか、家族との思い出の腕輪を。親の形見なんだって教えてくれたじゃないか!」

「っ!」

「ボクの知ってるガル君はすごく優しかった。誰かのためを思える人だった! それは、両親の思い出があったからでしょ! 確かにボクは君の言う通り、すごく恵まれた環境にいるのかもしれない。でも、君にだってちゃんと持ってるものはある!」


 ハルトは今もガルの右腕に輝く腕輪を見ていた。ガルが落とした腕輪を拾い、返した時にガルがハルトに形見なのだと言って大事そうにしていたことを覚えている。


「それにボクはガル君が優しい人だって知ってる。それを知ってるボクが君の傍にいる! ボクは君の友達だから!」

「っ!? 何を言って」

「ずっと決めてたんだ。ボクは君のことを、諦めたりしないって。ボクの仲間がボクのことを助けてくれたみたいに、ボクはボクの全部をかけて君を止めて、助けてみせる!」


 ハルトは決意を込めてそう叫ぶのだった。


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