第153話 ハルトvsガル

 ガルと向かいあったハルトは、油断なくガルの動きを見ていた。

 ガルが強いということはハルトも十分に理解している。下手な動きを見せれば隙を生み、不利な展開を生みかねない。


(ガル君がどう動くか……見極める必要がある)


「随分と悠長なだねハルト君。そんなことでいいのかなぁ」

「え?」

「相手の動きを見る。それってきっと大事なことなんだろうね。でもその時間が、僕に準備する余裕を与えてるってこと……忘れちゃダメだよ」

「っ!」


 ハルトが様子見に使った時間、それはガルにとって戦いの準備をするための時間でもあった。ハルトが気付いた時にはもう遅い。ガルは裏で構築し続けていた付与術を一気に解放する。


「しまった!」

「もう遅いよ、ハルト君が勝つためには、僕に準備する暇を与えずに攻撃を仕掛けないといけなかったんだ!」


 ガルが展開した付与は『腕力増強』『脚力増強』『視力強化』『処理能力強化』『鋼鉄付与』『毒付与』『炎付与』の七つ。これだけの付与の準備をするのは容易なことではなかったが、ハルトが様子見という手段を取ったがために、ガルに準備する時間を与えてしまったのだ。

 ハルトが慎重であったがゆえに生まれてしまった隙だった。

 ガルは全身に強化を施し、そして足を鋼鉄化。両手に携えた短剣に炎と毒を付与した。

 完全武装。ガルが本気で戦う時の姿である。


『焦るでない主様! ここで焦ればなおのこと失策じゃ』

「う、うん!」


 リオンに窘められたハルトは、焦りそうになる自分の心を叱咤してガルのことを注視する。完全に強化を終えたガルは風のような速さで地をかけ、ハルトのことをかく乱しようとする。その全てを目で追おうとするハルトだが、あまりの速さに目が追い付かなくなり、とうとうガルの姿を見失ってしまった。


「っ! どこに」

「ここだよ」


 反応できたのはある意味奇跡だった。隠し切れなかったガルの殺気。それがナイフを振り上げた瞬間に溢れ、無意識下の領域でハルトの体を動かした。背後に向かって剣を振るハルト。ハルトの急所を狙って突き出された短剣をかろうじて防ぐことに成功した。

 しかし、短剣は一つではない。一つ目が防がれたと判断した瞬間に、ガルは左手に持っていたもう一本の短剣で攻撃を仕掛ける。対するハルトの剣は一本しかない。

 剣で無理やり押し返し、ガルと距離を取ろうとするハルト。なんとか押し返すことには成功したものの、完全に距離を取ることはできず僅かに短剣がハルトの頬を掠ってしまった。

 しだがハルトもただでやられたわけではない。短剣が頬を掠るのと同時に、ガルのことを蹴り飛ばしたのだ。


『主様、大丈夫か!』

「大丈夫だよ、掠っただけだから。それよりもあの速さ……予想以上だ」

『今の主様ではあの全てを目で追うのは不可能じゃ。悔しいがな』

「うん、そうだね。ある程度予測しないと……」


 頬に流れる血を手で拭いながら、ハルトは対策を考えて思考を回転させる。ハルトの速さではガルに追いつけない。不意を衝かれれば今度は急所を攻撃されかねない。今のガルの身体能力は全てがハルトの上を行く。

 それに勝つためには予測で勝つしかないのだ。


「ゴホッゴホッ……すごいなぁハルト君。まさかあの姿勢から蹴られるなんて思わなかったよ。それに、まさか反応するなんてね。絶対にやったと思ったのに。僕もまだまだ甘いなぁ」


 ハルトに蹴り飛ばされたガルはゆっくりとその身を起こす。無茶な姿勢からの蹴りだったせいか、大きなダメージは与えられていないようだった。


「でも、今度は決めるよ」


 ゆらりとガルの体が揺れる。そしてそこからの急加速。一直線にハルトに向かって来るわけではない。先ほどと同じだ。かく乱するために縦横無尽に動き回る。


(目で追っちゃダメだ。目で追っても追いきれない。それなら……)


 ハルトは覚悟を決めて、目を閉じた。しかしそれは勝負を捨てたわけではなかった。


(右、左、後ろ、左……)


 目で追うからこそ反応が遅れる。ハルトはガルの姿を目で追うのではなく、気配を追うことにしたのだ。視覚情報を遮断することでより鋭敏に気配を感じ取れるようにする。一か八かの賭けだった。

 そして——。


「はぁっ!」

「そこだ!」


 ガルが攻撃を仕掛ける直前、やはり僅かに漏れる殺気。それを感じ取った瞬間にハルトは剣を振った。


「なっ!?」

「うぉおおおおおっっ!」


 防がれたことに驚き、目を見開くガル。ハルトはその隙を見逃さず、畳み掛けるように攻撃を仕掛けた。

 自由の動かせばガルに分がある。だからこその息をつかせぬ連撃。威力ではなく速度を重視した攻撃でハルトは攻めた。


「くっ」


 相手に流れを渡すことがいかに問題かということはガルにもわかっている。ガルはいくつもの選択肢を考えたうえで、苦渋の決断として右手に持った短剣、炎が付与された短剣を暴発させた。付与した炎の出力を一気に上昇させたのだ。結果としてハルトとガルの間に炎の壁ができ、状況は一度リセットされる。

 だがその代償としてガルは短剣を一つ失った。急激に上昇した炎の熱に耐え切れずに溶けたのだ。


「読まれた? 僕の攻撃が……そんなバカな」

『ふん、貴様やはり戦い方は知っておるが、戦い慣れてはおらんようだな』

「君の動きは速いよ。ボクよりもずっとね。でも、だからって読めないわけじゃない」

「っ……」


 ガルはギリッと歯を食いしばる。


「ボクは強くないよ。姉さんとか、エクレアさんにもまだまだ及ばない。でも……だからってすぐにやられるほど弱いわけでもない。ボクには姉さんが……皆がくれた力があるんだ!」

「そんなこと……知るかぁ!」


 ガルが再び突貫し、ハルトとぶつかり合う。

 互いの力をぶつけ合う二人の戦いは、徐々に苛烈さを増していくのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る