第152話 殴り合い

「てめぇの姉道だ? んなもん興味ねぇんだよ!」

「言葉で理解できないのなら、その体に叩きこんであげる」


 リリアは足裏と拳に『姉力』を纏わせる。リリアの纏う雰囲気が変化したことにガドも気付いていたが、その原因にまでは理解が及んでいなかった。まさか自分の弟道具呼ばわりしたことがリリアの琴線に触れたなどと誰が理解できようか。

 だがしかし、どんな形にせよリリアが本気になったのは事実だ。そしてそれは、強者との戦いを望むガドにとって何よりも望んでいることではあった。


「面白れぇ、ぶち殺してやるよおらぁ!」


 先手必勝。ガドはリリアが動く前にその初動を潰すために地を蹴った。ガドは自身の力と速さに何よりも自信を持っていた。相手がどれだけ防御を固めようが、その上から殴り倒す防御をかなぐり捨てた超攻撃型スタイル。それがガドの戦い方だった。


「【姉障壁】」


 リリアは突っ込んできたガドに対して【姉障壁】をその目の前に展開する。『姉力』によって築きあげられたその壁はぶつかれば無事ではすまない。ガドのスピードは最早緩めることは叶わず、【姉障壁】にぶつかることは間違いなしという状況だった。

 しかし、ガドはそのまま止まろうともせずに【姉障壁】に突っ込んだ。


「しゃらくせぇ!」


 右拳を振りぬいたその瞬間、リリアの展開した【姉障壁】はいとも容易く砕かれてしまった。鉄すら砕くガドの拳だ。あるとわかっているのであれば砕くことはそう難しくなかった。


「こんなもんで俺を止めれると思ってんじゃねぇぞ!」

「別に止めるつもりはないから。あなたの力がどれほどのものか確かめただけ」


 【姉障壁】を全く苦にせず破壊されたのは多少予想外であったものの、突破されること自体はリリアも想定していたことだ。

 そしてそのまま迫るガドの拳をリリアは真っ向から受け止めてみせた。まるで足から根が生えているのではないかと思うほどに、リリアは微動だにしない。


「力があるのは、あなただけじゃない」

「がっ!」


 リリアの拳がガドの顔面にめり込む。そしてそのまま吹き飛ばされたガドは空中で姿勢を立て直し、着地する。そして再びリリアに視線を向けようとしたその瞬間には、リリアが目の前に迫っていた。

 とっさに頭部を守ろうと防御の姿勢をとったガド。その反射神経は目を見張るものがあったが、リリアはガドの顔面ではなかった。狙うは頭部を守ることで手薄になった横サイド、脇腹への足蹴。ガドがそれに気づいた時にはもう遅い。


「ぐぶぅっ!」


 内臓がぐちゃぐちゃになったのではないかと思うほどの衝撃に続いて、焼け付くような痛みがガドを襲う。気付けばガドの視界ははるか眼下にリリアの姿はあった。


(っぅ、蹴り飛ばされた。くそ、ここ天井かよ。どんな勢いで蹴ってやんだ。あのクソアマが!)


 これまでのリリアの攻撃は全て頭部に集中していた。だからこそガドは無意識のうちにリリアの攻撃が頭部に来ると思わされてしまったのだ。しかしそれは全てこの一撃のための布石。ガドは完全に不意をつかれる形をなってしまった。

 意識がとんでもおかしくないほどの一撃。しかし、皮肉なことにリリアの攻撃による激痛がガドの意識を繋ぎ止めた。そして意識があるならば、ガドはまだ動けるのだ。


「くはは、最高じゃねぇか!!」


 体勢を立て直し、天井を蹴ったガドは弾丸のような速さでリリアに迫る。


「『鉄砕剛拳』!!」

「【姉破槌】!」


 真っ向からぶつかり合う二人の拳。血反吐を吐きながらもガドは心底楽しそうな表情を浮かべる。

 拮抗していた二人だったが、不意にガドが力のベクトルをずらす。


「っ!」

「くらえやぁ!!」


 ガドの頬すれすれを通るリリアの拳。剃刀のような一撃に皮を削がれつつ、ガドは左拳でリリアの顔面を狙った。


「っぅ!」


 ギリギリ防御の間に合ったリリアだったが、僅かな動揺で『姉力』のコントロールが乱れ完璧に防御することはできなかった。


(あの腕、ホントに鉛でも入ってるんじゃないの。まだ左腕が痺れてる)


 体の芯にまで響くほどの衝撃。カイザーコングと同等、否、それ以上の破壊力をガドの拳から感じていた。まともに受ければ瀕死は必然。一撃一撃が全て必殺の拳だ。


(この手合いを調子に乗らせるのはまずい。流れを渡したら一気にもっていかれる)


 ガドのようなタイプを調子に乗らせることほど面倒なことはないとリリアはよく知っている。一度流れを渡してしまえばそのまま怒涛の勢いで仕留められるのがガドのような超攻撃型だ。

 リリアはといえば、攻防一体のバランスタイプだ。状況を見極め、防御か攻撃を判断する。自分にとって有利な状況を作り続け、押し切るのがリリアの戦い方だった。堅実である反面、だからこそ一度の有利展開で決めきれないという欠点もあった。


(相手の動きを見て決める。それが私の戦い方だけど……下手をうったら流れを一気に持っていかれかねない。そうなるくらいなら私も攻め続けた方がいい。今の戦い方のままじゃ、こいつを攻め切れない)


「くははははっっ! いいなぁお前、最高だ! 俺とここまでやり合える奴は久しぶりだ。もっと楽しもうぜえ!」

「あいにくと、私は勝負を楽しむようなつもりはないの。私に必要なのはハル君を、弟を守るための力。弟の障害を取り除くための力! 絶対的で圧倒的な力が! 姉道その二、姉たるもの、弟に降りかかる苦難を振り払うべし。姉道その三、姉たるもの、弟を守るために絶対的な力を手にするべし! 私はこの姉道のもとに生きている」

「そんなくだらねぇことのためにお前はここまで強くなったってのか? はっ、力ってのはそうじゃねぇだろ! 強ぇ奴を戦いてぇ、欲しいもんは全部奪う! そのための力だろうがぁ!」


 爆発するように膨れ上がった魔力がガドの全身から溢れ出る。


「お前の守りたいものだってなぁ、この力で全部壊せんだよぉ!」

「壊せないわ。あなたには何一つ。あなたの力では、私を絶対に倒せない」


 ガドの魔力に対するようにリリアの『姉力』が膨れ上がる。


「こっからは遠慮なしだぁ。ガルの力だけじゃねぇ、俺の力も使わせてもらうぞ」


 これまでガドが使っていたのはガルに付与された力だけ。しかしガドはここに来て《拳闘士》としての力を解放した。


「魔力武装——『闘牙』!!」


 収斂し、限界まで硬度を高めた魔力でガドは自身の拳を覆う。




「こっからが本気の殺し合いだぁ。目ぇ閉じんなよ。一瞬で殺しちまうからよぉ!」

「殺す殺すって、できもしないことを言わないことを言わないことね。あなたは私の姉道の前にひれ伏すのよ」

「それこそできねぇことだろうがぁ!」


 そしてリリアとガドは再び激しくぶつかり合った。


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