第151話 リリアの兄弟観

 それはかつての記憶。リリアがまだ宗司であった頃の記憶。そしてまだ宗司が幼かった頃の記憶だ。

 宗司は家のリビングで姉の月花と共にサスペンスドラマを見ていた。場面は主人公である探偵が犯人を追い詰めるクライマックスのシーン。探偵が推理を披露している所だった。


『このトリックが使えるのは、兄であるあなたしかいないんですよ、森野さん! あなたが犯人だ!』


 そのシーンを見ていた宗司は眉をひそめて月花の服の袖を引く。


「ねぇおねえちゃん」

「ん、どうした宗司」

「なんでこの人は弟のことを殺しちゃったの? だってこの人はお兄ちゃんなんでしょ?」


 宗司にとって姉や兄という存在は弟妹を守る存在だ。姉である月花が宗司のことを守ってくれるように。他の兄弟もそういうものだと、宗司は幼心にそう認識していたのだ。


「お兄ちゃんだったら、弟のことを守らないといけないんじゃないの?」

「うーん、そうだな。宗司の言う通りだ。姉道その一、姉たるもの、いつ何時も弟妹の味方であれ。私のこの理論を兄にも当てはめるとするならば、宗司の言うことは何も間違ってはいない」

「そうでしょ」

「だがな宗司、兄弟関係というのはそう簡単なものではないんだ。私と宗司だって喧嘩してしまうことがあるだろう?」

「うん」


 喧嘩と言ってもそう大した喧嘩をするわけではない。基本的に月花は宗司のことを最優先で考えるが、それでも甘やかしすぎるということはないのだ。宗司が隠れてお菓子を食べようとした時や、悪いことをしたときはきちんと叱っている。

 その時に宗司が意地を張って喧嘩になってしまうことがあるだけなのだ。


「まぁ私達の場合はそう大した喧嘩にはならない。だが、中には喧嘩をしたまま仲直りできない兄弟もいる。そもそも、性格が合わない兄弟だっているんだ」

「んー?」

「今回のサスペンスで言うならば、元から仲は良くなかったみたいだな。弟のことを道具のように扱う兄。しかしその弟が生意気にも反抗してきたことに腹を立てて殺害。私からすれば弟を害するなど愚の骨頂だ。兄の風上にも置けない存在だがな」

「おねえちゃんが使う言葉むずかしくてよくわかんない」

「あはは、そうだな。私の悪い癖だ。んー、簡単に言うと……このドラマの兄弟は、兄弟じゃなかったんだ」

「兄弟なのに兄弟じゃないの?」

「あぁ。私と宗司は姉弟だな。それはどうしてだ?」

「おねえちゃんがおねえちゃんだから! 」

「ふふ、宗司らしい答えだな。だがその通りだ。大正解だぞ宗司」

「えへへー」


 月花に優しく頭を撫でられた宗司は嬉しそうに笑う。


「世間一般では、血の繋がりがあれば兄弟だとされる。もちろんそれも大事なことだ。だが、それよりも大事なのは互いの心だ。私が宗司のことを弟だと思っていても、宗司が私のことを姉だと思っていないのなら、私達は姉弟とは呼べないんだ。もちろん私達に限ってそんなことはあり得ないがな。だが、このドラマの兄弟はそうだったんだ。被害者である弟は兄のことを兄として接していた。兄だからとその願いを聞いてきた。しかし兄の方は違う。兄は弟を弟として見ることはなく、ただの使える道具として接した。たとえ血の繋がりがあっても、それじゃあ兄弟じゃないんだ」

「うーん、兄弟なのに、兄弟になれないなんてかなしいね」

「そうだな。悲しいことだ。この世にいる全ての兄弟が私達のように仲が良ければ、世界はきっと今よりもっと平和だっただろうに」

「ぼくとおねえちゃん仲良しだもんね! ぼくおねえちゃんのこと大好きだよ!」

「私だって宗司のことがこの世で一番好きさ。この世界の何よりも愛している」


 月花に抱きしめられる宗司。月花に抱きしめられるのが宗司は大好きだった。その温かさに触れていると、宗司の心まで温かくなるのだ。


「じゃあね、お隣のりんと君も兄妹じゃないのかな? いつも妹とお菓子の取り合いでけんかするって言ってたよ」

「それは喧嘩するほど仲が良いという奴だな。霖斗君の年頃ならよくある話さ。一緒に公園で遊んでいる姿も見かけるし、ちゃんと兄妹しているさ」

「そうなんだー。ならよかったー」

「そうだな。宗司、よく覚えておけ。この世には色んな兄弟がいる。仲の良い兄弟もいれば、互いに憎悪し合う兄弟もいる。大事なのは心だ。互いを思い合う心。それを忘れちゃダメだぞ」

「うん、わかった!」

「ホントか~? ちゃんと私の言うことわかったのか?」

「むぅ、おねえちゃんの言うことだもん、ぼくちゃんとわかってるもん!」

「あはは、冗談だよ。ちゃんと理解してくれてるとわかってるさ。なっていたって宗司は私の弟だからな」

「うん!」


 宗司の中の兄弟観はこうして作りあげられていった。

 そうして築き上げられた兄弟観は、リリアとなった今でも変わってはいない。


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