最強のキョウダイ

第150話 あなたの全てが気にくわない

　リリアとガドの戦いは苛烈を極めていた。

　『空風花』からの膝蹴りのコンボ。あの一撃でガドはリリアに鼻を折られた。しかし本当であればリリアはあの一撃でガドのことを仕留めるつもりだったのだ。

　しかしそうはならなかった。直撃する直前にガドが力のベクトルを僅かにずらし、その結果として膝が本当てにならなかったのだ。

　尋常ではない反射神経。『空風花』で技をいなされ、リリアの膝が眼前に迫ったその刹那でガドは完璧ではないにせよ、対応してみせたのだから。

(技は粗削り。無駄も隙も多い。でもそれを補ってあまりあるだけの力と速さがある。そして何より反射神経。見てから対応できる反射神経が、結果的にこいつの隙を全て潰してる。面倒なことこの上ない)

　舌打ちしたくなる気持ちをグッと堪えてリリアはガドの攻撃を受け流し続けた。僅かでも隙を晒せばガドはそれに食いついて来る。それを見逃さないだけの目を持っていた。

(かといって仮の餌じゃ意味がなかった)

　この戦いの最中でリリアは数度、あえて隙をちらつかせた。ごく自然に、バレぬように。ガドの攻撃を誘ったのだ。しかし、ガドはそれに気づき僅かに反応を示したものの、食いついてはこなかった。

(危機を感じ取る嗅覚もバッチりってわけね。天性のファイターって感じかしら)

　粗削りである分、付け入る隙は残されていたがこれでももしまともに訓練していたらと思うとゾッとしてしまう。

(ま、それはあくまでしてたらの話だし。もしこいつが完璧に訓練してたとしても、私の敗北はない)

　ガドの右拳をリリアは両腕で防いだ。体の芯にまで響くような衝撃がリリアの全身を襲う。しかし、リリアの体には傷一つついていなかった。ガドを攻撃を完璧に受け流したからだ。

(癖は掴んだ。でもまだ底が見えてない。【弟想姉念】を使うわけにはいかないか)

　ガドと戦い続ける間にリリアは気付いた。時間を重ねれば重ねるほどに、動けば動くほどにガドの動きは速く。そしてその拳は重く鋭くなっていくのだ。

　それゆえにガドの力の底をリリアは測りかねていたのだ。そんな状態で迂闊に【弟想姉念】を発動し、もしガドに耐え切らてしまった場合、今度は一転してリリアの危機を招くこととなってしまう。そのリスクを冒すわけにはいかなかった。

　そんな攻防の中で、不意にリリアにチャンスがやって来た。

「ふっ！」

　ガドの右大振りの攻撃を躱したリリアは、その懐へと潜り込む。そこでリリアに与えられた選択肢は二つ。無防備になってる右腕を掴んでの投げ。そして隙だらけの胴体めがけての拳打。どちらを選択してもリリアに有利な展開に持っていける。

　しかしその瞬間、リリアは背筋に氷を差し込まれたかのような悪寒を覚え、攻撃せずに後ろに跳んだ。

　その直後のことだった。数瞬前までリリアの立っていた場所に炎の柱が立ち上ったのだ。もしガドに攻撃しようとしていればリリアはその炎に焼かれることとなっただろう。

「ちっ、当たらねぇか。今のは行けると思ったんだけどなぁ」

「…………」

　今のはガドの作った隙だったというわけだ。もし乗っていれば手痛いダメージを負うことになっていたリリアは小さく鼻を鳴らす。

　先ほどまでリリアがガドに仕掛けていた作戦を同じように利用され、軽く腹が立っていたのだ。

「驚いたわ。あなた魔法が使えたのね。そんなに頭が良いようには見えないけど」

「んだと？」

「あぁ、それともあの弟君の力なのかしら。あなたからは魔法を使えるほどの知性は感じられないし」

　思わず激昂しそうになったガドだが、数度深呼吸をして不敵な笑みを浮かべる。

「あぁ、そうだな。俺には魔法は使えねぇよ。でもあいつの……弟のガドの力がありぁ話は別だ。あいつは《付与士》って言ってな。色んな力を付与できんだよ。《拳闘士》の俺と相性が良くてな。便利だろあいつ。この炎もあいつの力ってわけだ。なんもできねぇグズな弟だが、『職業』にだけは恵まれた奴だと思ってるよ。俺の役に立つからな」

「グズ？」

「あぁ。鈍間でバカで何にもできやしねぇ。カスみてぇな奴だが、能力だけは使えるから使ってやってんだ。弟ってのは兄の役に立つために存在するもんだろ？　良い道具だよあいつは。てめぇだって《勇者》の弟のことを利用しようと思ってんだろうが」

「道具？　弟を……道具呼ばわり？　あぁそう。あなたが最初から気に食わなかった理由が……ようやくわかったわ。その考え、態度……全てが気に食わない」

　弟のことを道具呼ばわりするガドに、リリアの怒りのパラメーターは振り切れようとしていた。

　リリアにとって弟とは、ハルトとは何にも代えることができない唯一無二の存在。そして姉と弟や兄と弟。全てのキョウダイ関係がリリアにとっては尊ぶべきものなのだ。それを無いがしろにするガドのことをリリアは許すことをできなかった。

「弟は大事にするべき存在なのよ。ましてや、自分の都合の良い道具のように扱うなんて……そんなの、認めるわけにはいかない」

「あん？　んだと」

「教えてあげるわ。姉として、兄としての在り方を。私の姉道をね」