第149話 ハルトとガル

 リリアとガドの戦いをハルトは離れた位置から見ていた。ハルトの視界の先では、リリアとガドが激しい戦いを繰り広げている。ハルトの目では追うので精一杯だ。

 その戦いを見るだけで、ハルトと戦っていた時のガドが本気ではなかったことがわかる。そして何より、リリアの強さも。


「姉さん……すごい」

『あやつ、強さに磨きがかかっておるのう』

『わたしの知ってるお姉さんの強さじゃないんだけど』


 ガドと戦い続けるリリアの動きは少し前にハルトがリリアと戦った時とは比べ物にならないほどに変化していた。

 確かにリリアは強かった。しかし、今ほど強烈ではなかった。今のリリアには以前では感じられなかった、壁を乗り越えた者特有の強さが見て取れた。


『修行とは言っておったが、一体何をしたのか。あの強さ……それこそ何度も死線を超えんと手に出来んほどのものじゃぞ』

『そうだね~。あれだけ強くなろうと思ったらどれだけの努力が必要だったか……あぁ、めんどくさく過ぎて考えたくもないよ~』


 剣の中にいるロウがリリアの努力を感じ取って嫌そうな声を上げる。

 リリアの戦いを見ていたハルトも、見違えるほどに強くなったリリアを見て我知らず剣を握る手に力が入る。


(少しは追いつけたと思ってた。でも、全然そんなことない。むしろ姉さんはこの数日で前よりもずっとずっと強くなって……)


 ハルトも『怠惰の煉獄道』をクリアしたことで多少は強くなれたと思っていた。しかし現実はどうだ。ハルトがそうしている間にリリアはハルトが思うよりもずっと強くなっていた。少しは近づけたと思っていたリリアの背がさらに遠のいたような感覚をリリアは覚えていた。


『……主様、あまり気にする必要はないぞ。あやつの成長速度が少々以上なだけで、主様自身もちゃんと成長しておる。あまり気負いすぎると逆に成長を妨げることとなるぞ』

『そーそー。強くなるのなんてのんびりゆっくりでいいんだから』

「……うん、そうだね」


 ハルト自身もしっかり成長はしている。焦っても成果を得られないことはハルト自身にもよくわかっている。しかしそれでも、強くなり続けるリリアを見て何も感じないわけではないのだ。


「すごいね。ハルト君のお姉さん」

「っ、ガル君……」


 この場にいる魔族はガドだけではない。もう一人、ガルがいるのだ。


「まさか兄さんとまともに戦える人が【紫電】の《勇者》以外にいるとは思わなかったよ。あの人さえ抑えればこっちの勝ちはほとんど確定になるはずだったのに。空に開いてたゲートも閉じてるし……計算外ばっかりだ」

「ガル君、お願いだ。もう投降して。この場にいるのはボクだけじゃない。こうなってしまった以上、君達に勝ち目はないよ」

「……ふふ、あははははは!」

「何がおかしいの」


 急に笑いだしたガルのことをハルトは怪訝そうに見つめる。


「何がおかしいって。だってそうでしょ。僕達の勝ち筋は最初からただ一つ。君を殺すことだ。つまり、この場で全滅したとしても。君を殺すことさえできたら僕達の勝ちなんだよ」


 そう言ってガルは腰から短剣を抜き放つ。その目から戦意は消え去っておらず、むしろハルトを直接殺すことができるチャンスが巡って来たことに歓喜さえしていた。


「ガル君っ……!」

「まさかこの後に及んで戦えないなんて言わないよね。それならそれでもいいよ。そのまま、無抵抗なまま死んでいけばいい」

『生意気なこと言うでないわ小僧。前回と同じようにいくと思うなよ』

「なんだっていいよ。僕はハルト君のことを殺す。そう決めたんだ」

「盛り上がってるとこ悪いけどなぁ。俺がいるってことも忘れんじゃねーぞ」


 声に怒りを滲ませながらハルトの隣にやって来たのは、リリアと一緒にやってきたリントだった。

 リントはガドにイルやフブキ、そしてなによりも妹のアキラを傷つけられたことで怒り心頭といった様子だった。


「俺の妹を怪我させたんだ。その落とし前、きっちりつけさせてもらうからな」

「えっと、あなたは……」

「俺か? 俺はそこにいるアキラの兄リントって言うんだ。で、お前の姉ちゃんと一緒にここまで来たんだよ。色々あってな」

「そうなんですか」

『ふーむ。貴様もまた変な魂をしておる奴じゃのう。まぁ敵でないと言うならばなんでもよいが……どうする、主様よ』

「…………」


 その問いかけの意味を、ハルトは正しく理解していた。少し考えこんだあと、ハルトは決意と共に言い放った。


「すみませんリントさん。彼とは……ボク一人で戦わせてくれませんか?」

「は、はぁ!? 何言ってんだよ」

「お願いします。彼との決着はボクがつけないといけないんです」

「あのなぁ……あぁもう。ったく、お前らは姉弟揃って。あの姉にしてこの弟ありって感じだな」


 言い返そうとしたリントだったが、ハルトの目を見て軽く頭を掻いて一歩引き下がる。


「お前に傷一つでもつけたらリリアがぶち切れそうだからな。危ないって思ったらすぐに割り込むからな」

「ありがとうございます」


 ハルトは小さく礼を言って、ガルの方へと向き直る。


「ガル君……今度はちゃんと戦うから」

「じゃあ僕も今度こそ殺してあげるよ、ハルト君」






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