第144話 刹那の勝負

「ガル君……」


 こうなることはわかっていたはずだった。それでもこうして敵として相対してしまった時、ハルトの胸に浮かぶのは怒りや、悔しさではなく悲しみだった。

 本当に敵になってしまったのだという、その悲しみだけがハルトの胸を覆っていた。


『主様よ……わかっておるであろうな』


 リオンはそんなハルトの胸中を察してあらかじめ釘を刺す。前回と今では状況が違う。戦えませんではすまないのだ。そうなってしまえばハルトも、それ以外の人の命も失われてしまうのだから。


「……うん。大丈夫だよ。もう迷わない」


 しかしそれはリオンの杞憂だった。確かにハルトはガルが敵になったことを悲しんでいた。しかしそれはそれだ。ハルトはもうここに来た時点で誰とでも戦う覚悟を決めていた。

 それはガルが相手であっても例外ではない。


「ガル君。二人を……離して」

「……うん、まぁいいよ。僕も兄さんも別にこの子達に用があったわけじゃないから。君を逃がさないための道具だ。君に逃げる気がないなら」


 ガルはそう言うと思った以上にあっさりフブキとアキラのことを離す。


「わっ」

「きゃっ」


 急に解放された二人は足をもつれさせながらもハルト達のもとへとやって来る。


「二人とも、大丈夫?」

「う、うん……特に大きな怪我はしてないよ」

「私も大丈夫です」

「ならよかった」


 ガルとガドのことを警戒しながらもハルトは二人が無事であったことに安堵する。


「ごめんハルト、私達が油断してたせいで」

「ごめんなさい」


 フブキとアキラは多くの住民と同じように、魔物から逃れようとしていた。魔法の使えたフブキとアキラはその中でも後方に位置し、魔物と戦いながら逃げていたのだ。しかしその途中でガドとガルの襲撃に遭い、捕まってしまったのだ。


「おいおい話は終わったかぁ? 《勇者》様よぉ! ならよぉ、俺と遊ぼうぜぇ。てめぇと遊ぶために俺はここまで来たんだからよぉ!!」

「兄さん、《勇者》は僕がやるって——」

「黙りやがれガル! てめぇが俺に口答えすんじゃねぇよ!! てめぇは黙って俺の、強化を、しやがれってんだ!!」

「っぅ……わかったよ。兄さん。でも、止めが僕がやる」

「ちっ、うるせぇな。好きにしやがれ。おら、さっさとやるぞ」


 ガドの剣幕に押されてガルは一歩後ろに下がる。そしてガドへと腕を向け《付与士》としての力を発揮する。


「『拳強化』『脚強化』『反応強化』『鋼鉄化』」

「アハハ、いいねぇ、上がってきたぜぇおい!」


 次から次へと能力を付与するガル。それにつれて、目に見えてガドの放つ威圧感が増していく。

 思わず息を呑むハルトだが、だからといって引く選択肢はない。


「二人は下がって」

「ううん」

「私達も戦うよ」

「オレのことも忘れんじゃねーぞ」


 剣を構えるハルトの近くにフブキ、アキラ、イルの三人が並ぶ。ハルトを一人で戦わせる気など誰にもなかった。


「四人まとめて来るのかぁ? 俺はいいぜそれでもよぉ。おいガル。手ぇ出すんじゃねぇぞ」

「わかってるよ兄さん」

「そうだ。それでいい。せっかくの楽しみなんだ。がっかりさせんじゃねぇぞ?」


 来る、とハルト達がそう思った次の瞬間にはガドの姿が目の前に来ていた。


「ちんたらしてんじゃねぇぞ!!」


 一か所に固まっていたハルト達は咄嗟に散開する。振り下ろされたガドの拳は容易く床を砕き、陥没させた。とてつもない破壊力だ。床を砕いてもガドの拳には傷一つついていない。これがガルによる付与の効果だ。

 大量の付与を施されたガドの肉体は何をせずとも鉄を砕けるほどの力を得ていた。


「おせぇぞ!!」


 最初の一撃を跳んで避けたハルト。しかしガドはすぐさま追撃を仕掛けてきた。


「くっ」

『主様構えるのじゃ!』

「わかってる!」


 ハルトの剣とガルの拳がぶつかり合う。剣と拳など、普通ならば勝負にもならない。しかしいまこの時だけは違った。ガドの拳を受け止めた瞬間、ハルトの手をとてつもない衝撃が襲う。

 ガドの拳はまさしく鋼鉄のようになっていた。受け止めたハルトの手の方がビリビリと痺れているほどだ。

 しかしガドの体は一つしかない。ガルが邪魔をしてこない以上、ハルト以外の三人は自由に動けるのだ。


「隙だらけだ! ——『ホーリーチェイン』!」

「動きを止める——『アイスチェイン』!」

「『アースロック』!」


 三人が発動したのは拘束系の魔法だ。ガドの素早い動きを止めるには拘束することが一番早いと判断したのだ。それに攻撃系の魔法を発動すればハルトを巻き込んでしまう可能性がある。三人はそれを避けたのだ。

 それぞれが発動した魔法は狙い通りにガドの両腕と両足に絡みつく。これでガドの動きは完全に封じた——はずだった。


「あん? しゃらくせぇんだよ!! 邪魔だぁクソがぁ!!」

「なっ!?」

「嘘でしょ」

「壊された!?」


 レッドライノスにすら通用したイルの『ホーリーチェイン』もフブキの『アイスチェイン』もアキラの『アースロック』も、全てが一瞬で壊された。


「おらぁ!」


 その動揺が一瞬の隙になってしまった。ハルトの剣を弾いたガドはハルトの懐へと飛び込む。そうなってしまえば不利になるのはハルトだ。剣のリーチでは懐に潜り込まれた時の対処がしずらいのだから。

 そうして隙を晒したハルトの腹にガドは容赦のない一撃を叩き込んだ。


「がはぁっ」


 全身がバラバラになったのではないかというほどの衝撃がハルトの体を貫く。ハルトの体はゴムボールのようにバウンドし、王城の壁へと激突する。


「ハルトっ!」

「よそ見してんじゃねぇぞ!」


 ハルトの次はイルだった。ハルトを殴り飛ばしたガドはそのままの勢いでイル、フブキ、アキラの三人を蹴り飛ばす。

 一瞬だった。ガドとハルト達が戦い始めてからまだ一分も経っていない。しかしその一分にも満たない時間の間で、ガドはハルト達を圧倒してみせた。


「ぐ……ぅ……」

「ぁ……っ」

「っぅ……」

「これが……魔族……」


 まだ全員息はある。しかしそれは生きているではなく、生かされているというのが相応しかった。


「おいどうした《勇者》どもよぉ。こんなもんじゃねぇだろ。もっとだ、もっと俺を楽しませろよぉ!!」

「っ!」


 圧倒的な力の差。ハルト達の突きつけられたのは、そんなどうしようもない現実だった。


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