第143話 絶望の開幕

 時は少し遡る。


 レッドライノスとの戦いを終えたハルトはイルとともに王城の方へと戻っていた。ゲートの術者を倒すために王城を離れようとしていたハルト達だったが、それよりも先にゲートが閉じたためだ。

 そうなればハルト達の次にすべきことは王城の守護になる。王城内にはまだまだ戦えない人々が残っているのだから。塀で囲まれている王城では逃げ場も限られている。

 しかし、王城の中庭に戻ったハルト達が目にしたのは地獄絵図というにふさわしい光景だった。


「なに……これ……」

「どうなってんだ……なんで、オレ達がここを出た時はこんな……」


 目の前に転がっているのは魔物……そして、ハルト達のことを送り出した騎士達の死体だった。戦いの喧騒に満ちていた中庭は恐ろしいほどの静けさに満ちている。


「なんで、なんでみんな死んでるの!」

「オレがそんなこと知るか! いいから落ち着け!」

「でも!」

「落ち着けこのバカ!」


 イルに強く肩を揺さぶられ、平常心を失いかけていたハルトはなんとか落ち着きを取り戻す。


「いいか。いま大事なのは誰がこんなことをしたかだ。見たくもないがよく見ろ。騎士共と魔物につけられた傷を」

「傷?」


 ハルトはそう言われて初めて騎士達の傷へと目を向けた。誰もが一撃で死んでいる。胸に大きな風穴を開けられている。それは魔物も同様だった。一撃のもとに沈められている。


「見たか? わかっただろ。一撃でやられてる。人も、魔物の関係なしだ。こんな芸当ができる奴を私は知らない。そんで騎士共まで殺してるってことは確実にオレ達の敵だ」

「う、うん」

「でもそいつは今ここにはいない。目的はお前である可能性が高い。つまり、まだこの近辺にいる可能性が高いんだ。そいつはお前を見つけるまで確実に殺し続けるぞ。これ以上被害を出したくないなら、オレ達が見つけて……倒すしかない」

「ボク達が?」


 騎士達を一撃で殺せるほどの実力者。それをハルト達が止めなければいけないというのだ。


(できる? いや違う。やらないといけないんだ。この場にいるのは……ボク達だけだから)


「怖いか? あぁ怖いだろうな。リリアもエクレアも、頼れる奴は誰もいない。あてになるのは自分の力だけだからな。逃げたいっていうなら……今のうちだ。今なら王城の外に出られるかもしれない。そしたら少なくとも、迫ってる脅威から逃げることはできるかもしれない。どっちを選んだってオレはお前のことを責めないぞ」

「イルさん……」


 本当ならば逃げるなとイルは言うべきなのだろう。《勇者》として逃げることは許されないと。しかしイルはそうは言わなかった。そして剣の中にいるリオンもまた、ハルトの決断を尊重するために口を挟まない。


「……ううん、戦うよ。逃げたりしない。違う、逃げちゃだめなんだ。ここで逃げたらボクはきっと前に進めなくなる」

「……それでいいんだな」

「うん」

『ヌハハハハ! それでこそ主様じゃ! 妾はそういうと信じておったがな。相手がどのような強敵であれ、妾がおるのじゃから心配することはないぞ』

「アホか。そんなこと言ってハルトのこと油断させるな。まだどんな敵かもわかってないのに。まぁそんなことはどうでもいい。それより問題なのはこれだけのことをしでかした奴がどこに行ったかだ。そう遠くには行ってないはずだが……おいリオン、お前の力で見つけられないのか」

『うーむ、この辺りは魔力の気配が満ち過ぎておる。魔物も人も、色んな気配が混じり過ぎて上手く探れないのじゃ』

「ちっ、使えねぇな」

『なんじゃと!?』


 その時だった。ハルト達の背後で急に爆音が鳴り響く。


「っ、なんだ!」

『王城の方からじゃ』

「王城、そんなだって王城の中にはまだたくさんの人が」

「急ぐぞ!」


 ハルトとイルは走って王城の方へと向かう。そこで見たのは、吹き飛んだ門と粉々に砕かれた壁だった。明らかに無理やり押し通ったのだとわかる。

 そしてその中から聞こえたのは色々な人の悲鳴と戦っているような声。そして、王城へ踏み入ったハルト達が目にしたのは戦い続ける騎士の姿だった。

 連携を取り囲むようにして戦う騎士達だが、その中心にいる男はその間隙を縫って一撃で胸を貫き騎士を仕留めていく。そして仕留めた騎士を盾にして、怯んだ隙にもう一人、また一人と。気付けば戦っていた騎士は一人残らず殺されてしまった。

 一目見てわかる熟練された動きだ。騎士達を倒した男はローブを着ていて、その容姿は判別できない。その隣にも同じようにローブを着た男がいて、その男は二人の少女を捕まえていた。

 そしてその少女達を見たハルトは驚愕に目を見開く。


「おいおい《勇者》様はどこにいんだぁ!? あぁ!? さっさと出てこねぇとお前のお友達が死んじまうぞぉ!!」

「っぅ」

「離して」


 捕まえられていたのはフブキとアキラ。ハルトにとって大事な友人である二人だった。


「おい、あいつらって——あ、待てハルト!」


 イルの制止を聞く間もなくハルトは駆け出していた。


「二人を……離せっ!!」


 躊躇もなくハルトは剣を振りあげ、フブキとアキラを捕まえているローブの男へと斬りかかる。

 しかしまるでその攻撃を予期していたように避けられ、距離を取られてしまった。もちろんフブキとアキラは捕まえられたままだ。


「あぁ、なんだぁ? ようやく《勇者》様のお出ましかぁ」

「二人を離せ!」

「だとよ。どうする——ガル」

「……え?」


 その名を聞いた瞬間、ドクンとハルトの心臓が大きく跳ねる。


「……久しぶりだね、ハルト君」


 その声にハルトは聞き覚えがあった。

 わかっていたことだ。ハルトにとって、彼は敵なのだから。一度ハルトはその命を狙われているのだから。


「ガル……君」


 ローブを脱ぎ去ったガル。そしてその隣にいた騎士を瞬殺した男——ガドもローブを脱ぎ捨てた。


「今度こそ……君の命を僕がもらうよ」

「楽しませてくれよぉ」


 魔族が二人……ハルトにとって絶望的な戦いが始まりを告げた瞬間だった。


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