第142話 王城への地下道

 エクレアとメギドの戦闘に巻き込まれることを避け、ミスラに連れられてやって来たのは薄暗い地下道だった。


「驚いた。まさかあんな所に地下道への入口があったなんて」

「王族しか知らない秘密の入り口だもの。入口を開けられるのも王族だけだし」

「王族の魔力にだけ反応するとかそんな感じなのね」

「その通り。緊急事態以外使うことは禁止されてる。まぁ、今がまさにその緊急事態だけど。王城から抜け出すときにもあの道を使ったわ。本来なら王族以外が通ることは許されない道だから秘密にしてね」

「当たり前でしょ。言いふらしたりしないから」

「……おいリリア」

「? なに」

「お前、よくそんな普通に話せるな」

「普通にって?」

「ミスラ様……王族なんだろ。もし不敬なことでもしたら首が飛ぶかもとか、そういうの考えないのか?」

「そんなこと気にしてたの」

「いやいやそんなことじゃないから。誰でもそう思うだろ」

「私はそんなことしたりしないわ」

「っ!」

「そんなに驚かなくても。丸聞こえだったし」

「あぁその……すみません」

「気にしないで。むしろあなたの言うように、あなたの態度の方が普通だから。できれば私はリリアのように接して欲しいけど、それが難しいことも理解してるしね」


 ミスラの王族という立場。それがどれほど重いものなのか。それはミスラ自身が一番よく理解している。リントの態度が普通で、リリアのように気安く接してくるのが異常なのだ。


「そんなこと言われても、ミスラがいいって言ってるんだから普通に接したっていいでしょう」

「いやそうなのかもしれないけどな。並大抵の人じゃそれはできないってことだよ」

「そう?」

「そうね。私が王族ってことを理解してないんじゃないかって思うくらいには」

「理解してるから。ただ、その人の肩書には興味がないだけ。王族でもなんでも、人は人。大事なのはどんな人かってことだもの」


 それがリリアの偽らざる本音だ。リリアが見ているのは肩書ではなく、その人自身。王族だろうとなんであろうとそれは変わらない。だからリリアはミスラに対しても普通に接することができるのだ。


「それよりリント。明かりちゃんとして。ちょっと暗くなってる」

「あーはいはい。わかったよ」


 地下道に明かりはない。なので、リントが魔法で明かりを生み出し歩いていた。警戒しながら進んでいるのは、地下道にも魔物が入り込んでいるかもしれないからだ。


「今のところ魔物の気配は感じないけど……あとどれくらい歩くの?」

「……今で三分の一くらいね」

「これで三分の一。もう少し歩くペースを上げた方がいいかもしれないわね」

「そうね。急ぎましょう」

「……いや、二人ともちょっと待て」

「どうし——っ」


 リントが気付き、そしてリリアも気付いた。


「ミスラ、下がって。魔物がいる」

「魔物? どうして……こんなところにまで入りこむなんて」


 周囲に気を張り巡らせるリリアとリントだが、魔物は一向に姿を現す気配がない。


「いる?」

「近くにはいる。でも……細かい位置までは掴めない」


 前にいるような気もすれば、後ろにいるような気もする。地下道という普通と違う空間のせいなのか、リリアもリントも上手く魔物の位置を把握できずにいた。


「もう少しで地下道の全体図を把握できる。そしたら見つけられると思うんだけどな」

「どれくらいかかるの?」

「あと一、二分ってところだ。『スキャン』って魔法なんだけどな。これと『ソナー』って魔法を合わせたら、人の位置も魔物の位置も正確に把握が——」

「細かい理屈はいいから早くやって」

「……はい」


 その時だった。その気の緩みを隙と見たのか、ミスラの背後に魔物が現れる。音もなく現れたそれにいち早く気付いたのはリリアだった。

 迎撃は間に合わないと悟ったリリアは、魔物の爪がミスラを切り裂く直前でミスラを庇う。


「っぅ!」


 鮮血が飛び散る。魔物の爪はリリアが思っていた以上に鋭利だった。


「リリア!」

「大丈夫、傷は浅いから。リント!」

「おう! 『ファイアバレット』!」


 速度の速い魔法で魔物を迎撃しようとしたリントだったが、その時には魔物の姿は再び地下道の闇へと掻き消えていた。


「今のでも間に合わないのかよ」

「速さだけは一級品ね。でも攻撃力は大したことない。私の怪我も浅いから」

「ごめんなさいリリア。私がボーっと立ってたせいで」

「過ぎたことを気にしないで。それよりもあなたは私とリントの間に。また後ろを取られたら面倒だから」

「わかったわ」

「リント、『スキャン』はまだ終わらないの」

「まと後少し……よし、終わった! そんでもって『ソナー』だ」


 リントのスマホにインプットされた地下道の全体図。そしてそれに合わせて『ソナー』の魔法を使うことで、超音波のように魔力を飛ばし、魔物の位置を把握するのだ。


「二……三……六体だ。地下道に魔物は全部で六体いる」

「六体? そんなにどこに」

「壁だ」

「壁?」

「あぁ、こいつら壁の中を移動してやがる。今も俺達の周囲を動き回ってる」

「ち、面倒ね。こうなったらいっそ壁ごと……」

「おいバカ! 早まるな。そんなことしたら俺達も生き埋めだぞ」

「でもじゃあどうするのよ。壁から出てくるまで大人しく待てって?」

「俺がやる。さっきからいい所は全部リリアに持ってかれてるからな。俺も役に立つってことを教えてやるよ」


 そう言ってリントはスマホを構えると、一瞬で五つの魔法を展開する。


「『スキャン』と『ソナー』で場所は追えてる。後はおびき出すだけだ。威力は最小限に抑えて、速度を最高速に設定。『フラッシュ』『ポイズンミスト』『ウィンドブレス』『ホーリーバレット』『プロテクションアーマー』」


 事前に発動していた『スキャン』と『ソナー』の魔法も合わせれば、七つの魔法を同時に操るという離れ業。そしてリントは展開した魔法を一つずつ発動していく。


「一瞬で終わらせてやるよ」


 一番最初に発動したのは『フラッシュ』次いで『プロテクションアーマー』だった。『フラッシュ』によって眩い光が地下道に満ち、魔物の動きが一瞬鈍ったことをリントは確認した。そしてその隙にリントは自身とリリア、ミスラの三人に『プロテクションアーマー』で防御を貼る。短時間ではあるが、鎧を身に纏う以上の守りを得られる魔法だ。

 そして次に発動したのが『ポイズンミスト』。毒の霧が地下道に満ちていく。その毒の霧を『ウィンドブレス』で巧妙に操り、自分達の元へは来ないように、そして魔物達に集中的に向かうように操作する。

 それにたまらず魔物達は毒霧の無い場所へと逃げ出す。しかし、それはリントによって作られた偽りの安地だ。魔物がそこに逃げ出してきた瞬間、リントは『ホーリーバレット』を放つ。


「グキャッ」


 リントの策にハマった魔物はあっさりと貫かれ、絶命する。そうして六体いた魔物は一瞬の内に片付けられた。


「な、一瞬だっただろ」


 残った毒霧を『ウィンドブレス』で散らし、リントは得意気な顔でリリア達に向けてそう言うのだった。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る