第141話 【ケラウノス】

 ミシミシと空間を歪ませる魔力がエクレアの体から放出される。それはもはや物理的な力を持っているかのようだった。


「弱体化してる今なら上手く調整できそうな気がするんだよね」

『え、待って待って。もしかして本気で使うつもり?』

「もちろん。ケリィだってたまには暴れたいでしょ」

『いや別にそんなことないんだけど。ずっと剣の中でダラダラしてたいんだけど』

「文句は聞かない。もう使うって決めたから——目覚めろ【ケラウノス】」

『あー、はいはい。仕方ないなぁ』


 ケリィはめんどくさそうにしながらも、剣を目覚めさせるための言葉を口にする。


『我が身は剣、我が身は盾。艱難辛苦全てを焼き払う雷とならん』


 その次の瞬間、雷が爆ぜた。とっさに【姉障壁】でミスラのことを庇うリリア。驚くほどの衝撃に襲われ、リリアは吹き飛ばされまいと必死に堪えた。


「あっはー! いいねぇ、この感じ。ほんとに久しぶりだよ。目が覚める」

『面倒だからさっさと終わらせようよ。じゃないとめんどくさくて全部焼き払いたくなる』

「わかってるわかってる。でもちょっと遊ぶくらい許してね」

「なるほど。それが噂に聞く聖剣【ケラウノス】ですか。森羅万象を焼き払う天雷の剣。使い手すらその例外ではなく焼き払われると聞いていましたが。あなたは平気なのですね」

「当たり前じゃん。こんなのちょうどいいマッサージみたいなもんだしね。むしろこの雷を受けてると体が軽くなる気がする」


 【ケラウノス】は使い手を選ぶ剣だ。【ケラウノス】を手に入れようとした人は数えきれないほどいる。しかし、その全てをケリィは拒み続けた。柄を握られたその瞬間に雷の力で塵へと変えた。エクレアもその運命をたどるはずだった。しかしエクレアはその雷に耐え切ってみせたのだ。その後紆余曲折あり、ケリィはエクレアの剣となったのだ。


『雷による身体能力の向上。今のエクレアをさっきまでと同じだと考えないほうがいいよ』

「そういうこと。簡単に壊れないでよね」

「向かい合うだけでこの威圧。認識の甘さを痛感するばかりです。しかしそれでも任務は果たします。お相手いたしましょう」

「上等——【雷身】!!」


 ブワッと雷がエクレアの全身を包み込む。


「【虚影巨砲】」


 メギドの左腕が漆黒の砲身へと変化し、そのままエクレアへと照準を向ける。しかしその時にはすでにエクレアの姿はそこにはなかった。


「どこみてんのさ!」


 メギドの背後をとったエクレアは雷を剣身に纏わせてその背を斬る。一刀両断——とはいかなかった。斬ったメギドの姿が幻影のように消え去ったからだ。


「驚きました。目を離したつもりはなかったのですが」

「やはり《勇者》とは侮りがたい存在ですね」

「脅威レベルをさらに一段階、いえ、二段階上昇させるべきですね」

「これでも弱体化してるはずなのですが」

「もっと強力な呪いが必要だったかもしれません」


 次から次へと湧いて来るメギド。そのどれもが先ほど感じたものと同じ威圧を放っていた。今エクレアを取り囲むメギドの人数は五人。どれが本物なのか、はたまた偽物などないのか。離れた位置にいるリリアには皆目見当もつかなかった。


「いいねぇアタシのこの力を目の当たりにしても揺らがないその精神。まだ何か隠してそう」

「私の能力については黙秘しますが。仕事でなければ私も尻尾を巻いて逃げ出していますよ。まぁ私に巻くような尻尾は存在しないのですが」

「どうかなぁ、ちょっと楽しそうな顔してるよ。そうやって丁寧ぶってるけど、君も相当戦闘狂だよね」

「それに関しては黙秘します」


 軽口を叩き合いながらぶつかり合うエクレアとメギド。しかしそれは戦いのようで戦いではなかった。エクレアによる一方的な蹂躙だ。メギドが一つ行動をしようとする間にエクレアは三度剣を振る。そして剣を振るたびにメギドは斬られていくのだ。

 それでもメギドがいなくなることはなく、次から次へと湧いて応戦し続ける。


「リリアも大概だと思ってたけどよ。あれ見てるとなんか……次元が違うな」

「当たり前でしょ。私はまだエクレアさんと比べられるほどの実力はないもの」

「まだ、なのか」

「まだ、よ」


 雷をその身に纏い、戦い続けるエクレアを見ながらリリアは言う。その先に何を見据えているのか、それはリントにはわからない。


「ジッと見てる場合じゃないわね。ここに居たらあの戦いに巻き込まれかねないし。何より決着が着くまで待つ時間ももったいない。エクレアさんもそのつもりでメギドの気を引いてくれてる……のかもしれないし」

「いや、あれはたぶん単純に戦いを楽しんでるだけだと思うぞ」

「まぁ私もそう思うけど。でもおかげでメギドの気が私達から逸れた。王城へ向かうなら今がチャンスよ。ミスラ、立てる?」

「え、あ……だ、大丈夫よ」


 腰を抜かしているミスラに手を差し伸べるリリア。呆然としていたミスラだったが、リリアに声を掛けられてようやく正気を取り戻したのかその手を取って立ち上がる。しかし立ち上がったミスラは内股気味で、もじもじとしている様子だった。


「ホントに大丈夫?」

「大丈夫だから。ただちょっとその、びっくりしただけで」

「もしかして……漏らした?」

「ぶっ!」

「漏らしてなんかないわよ!」

「おま、お前なぁ。いきまり何言ってんだよ!」

「違ったの?」

「そりゃ確かに怖かったけど……でも、だからって漏らしたりしないから。王女はトイレなんてしないのよ!」

「昭和のアイドルじゃないんだから……」

「お前もう俺に対して隠す気ないだろ」

「と、とにかく私は大丈夫だから。王城へ行きましょう」

「王城へ向かうルートはあっちが最短だろ? でもあの激戦区を通るのはお勧めできないぞ。巻き込まれて俺らが焼けることになる」

「それもそうね。かといって迂回するのも……」

「問題ないわ。王城へ向かう隠し通路があるから。それを使いましょう。案内するわ。ついてきて」


 そしてリリア達はエクレアとメギドの戦うルートを避けて、王城へと向かう隠し通路へと向かうのだった。


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