第140話 エクレアとメギド

 突如目の前に現れたエクレアにさすがのリリアも驚きを隠せなかった。


「エ、エクレアさん? どうしてここに」

「どうしてって、そんなの王都で戦ってるからに決まってるじゃん。変なこと聞くね」

「え、いや……そ、そうですよね。すみません変なこと言って」


 その時、リリアは気付いた。そう、エクレアは戦っているのだ。そして、戦っている最中のエクレアが吹き飛ばされてきたのだ。

 その事実がリリアに衝撃を与えた。


(それってつまり……エクレアさんを吹き飛ばせるほどの敵がいるってこと?)


 リリアはエクレアの力を知っている。足元にすら及ばなかった。一撃を与えることすらできなかった。そのエクレアが吹き飛ばされてきた。つまり、それができるだけの敵がいるということなのだ。


『その顔だと気付いたかな。そうなんだよ、今ちょっと面倒な奴に絡まれててさ』

「ケリィ、面倒って言い方は良くないよ。久しぶりに面白い敵、って言わないと」


 パンパンと土埃を掃いながらエクレアは立ち上がる。


「ねぇ君達。そこ危ないよ」

「え?」


 その言葉の意味を理解する前に、轟音と共に巨大な光がリリアの視界を包み込んだ。防御する暇も、逃げる暇も無かった。

 それでもなんとかしようと『姉力』を纏おうとしたリリアだったが、それよりもエクレアの方が早かった。


「へぇ、前より反応早くなってるね。ちょっとは強くなったのかな」

『今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ。来るよ』


 全てを焼き尽くすような光の束を、エクレアは平然と片手で受け止めている。そのおかげで背後にいるリリア達は守られていた。


「うーん、そいっと」


 妙な掛け声とともに腕を振り上げると、そのまま光の束が空の彼方へと消えていく。


「今の攻撃はちょっと雑だったんじゃない? そんなじゃアタシの首はとれないよ」


 挑発的な笑みを浮かべるエクレア。その視界の先の上空には一人の女性が浮かんでいた。


「それは申し訳ありませんでした。あなたが私から意識を逸らしていたのでチャンスかと思いまして」

「それをチャンスと見ちゃうあたりまだまだだよねぇ」


 敵同士とは思えぬほどに気安く言葉を交わしながらその女性は近づいて来る。ゆっくりとリリア達の前まで飛んできて着地したその女性はリリア達のことを見て丁寧に頭を下げる。


「これはどうも。お初にお目にかかります。私は魔王様の側近を務めておりますメギドと申します。短い付き合いになるかとは思いますが、お見知りおきを」


 その瞬間だった。その女性から放たれる威圧にリリア達は言葉を失った。別に何をしているというわけではない。ただの自然体のように見えるというのに、息ができないほどの威圧を放っているのだ。平気な様子でいるのはエクレアとケリィだけだ。ミスラなど腰を抜かしてしまっている。リリアとハルトも立っているだけで精一杯だった。


「ダメダメ。相手に呑まれちゃダメだよ三人とも」

「「「っ!」」」


 エクレアがパチンと指を鳴らすと途端に威圧から解放されて、リリア達は息ができるようになった。

 メギドはリリア達に向けていた視線をエクレアへと戻し、落胆の表情を浮かべる。


「しかし無傷ですか。ここまで傷つけられないとなると流石に私の自信に傷がつきますね」


 そうは言いつつも、メギドは再び攻撃の姿勢に入る。


「とはいえ、私の仕事はあなたを引き留めること。倒すことが目的ではありませんから気にすることではありませんね」

「その切り替えの速さいいねー。ほんと、敵なのが勿体ないくらい。でもいつまでもアタシの相手してていいの? 空のゲートも閉じたみたいだし。さっさと逃げ帰ったほうがいいんじゃない?」

「それは私の決めることではありません。たとえこの場で死ぬことになろうとも、私は私に課せられた任務をこなすだけ。とはいえあのゲートが閉じたのが予想外であるのは事実ですが。まさか彼女が負けるとは思いませんでした。実力者はピックアップして抑えてあったはずなのですが」

「ふーん……もしかしなくてもやったの君かな? なんかそんな気がする」

「え? いや、あの」


 まさか急に話を振られると思ってなかったリリアは一瞬戸惑うが、リリアがミレイジュを倒したのは事実だ。


「……えぇ。彼女は私が倒したわ。今はもうここにはいない」

「あなたが? ミレイジュに勝ったというんですか」

「そうです。もうゲートが開くことはないわ」

「驚きました。それほどの実力者には見えませんでしたが……実力を隠しておられるので?」

「隠してるわけじゃ……ただ出せる全力を尽くしただけだもの」

「……なるほど。事前に調べたことだけが全てではないということですね。思わぬ伏兵でした」

「驚いた。半分冗談だったんだけど。なかなかやるねぇ、大手柄だ」

「別に手柄が欲しくてやったわけじゃないんですけどね。成り行きです」

「であれば、私の任務にも多少の変更が必要でしょうか。王城に向かっているのでしょうが……行かせるわけにはいきませんね。あなた方もここで引き留めさせていただきましょう」


 ブワッと膨れ上がるメギドの魔力。メギドは本気で言っている。エクレアを含め、全員をこの場に引き留めると。

 それに怒るのはエクレアだ。


「なにそれ。アタシのこと舐めてんの? アタシを何かのついでで止めれるなんてさ……自惚れるなよ」


 空間が軋む。特別なことをしたわけではない。ただエクレアは魔力を放出しただけだ。それだけで世界が悲鳴を上げたのだ。


「楽しかったから相手してあげてたけどさ。それでアタシを舐めてかかるなら話は別だよ。最強の《勇者》って呼ばれるアタシの実力、教えてあげるよ」


 エクレアはそう言って不敵な笑みを浮かべるのだった。


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