第139話 意志と力

「あなた……リリア? どうしてここに」

「どうしてもなにも、ハル君がいるなら私はそこが地獄だとしても現れるけど? 」

「……あぁ、そうね。あなたはそう言う人だったわ。でも助けてもらったのは事実だもの。感謝するわ」

「それはどういたしまして。で、なんでここにいるの?」

「王城へ戻っている最中だったの。その途中に魔物に襲われて……さっきみたいな状況に」

「なるほど。まぁこんな状況で出歩いてたらどうなるかなんてわかり切ってたことだと思うけど」

「……それでも行かないといけなかったのよ」

「あー、話してるとこ悪いんだけどいいか?」

「何?」

「リリアの知り合いみたいだけどさ、結局その子は誰なんだ?」

「あぁ、そう言えばあなたは知らなかったわね。この子はミスラ。この国の第一王女よ」

「あー、なんだこの国の第一王女……って第一王女!?」


 ギョッと目を見開くリント。しかしリリアはなぜリントがそこまで驚いているかがわからなかった。


「そんなに驚いてどうしたの?」

「どどどどうしたのじゃねぇよ! 王女様だぞ!? 逆になんでお前そんな普通なんだよ、っていうかなんで王女様のこと呼び捨てなんだよ!」

「あー、そういう。なんでって言われたらミスラからそれでいいって言われたからだけど。ねぇ?」

「えぇまぁ。だからといってここまでフランクになる人も珍しいけど」

「ところであなたは?」

「あぁすみません。えっと俺は」

「通りすがりのシスコン。シスコンリントと覚えるといいわ」

「シスコン?」

「そのネタいつまで引きずんだお前はぁ!! 違うって言ってんだろうがぁ!」

「あなたが認めるまで私は何度でも言い続ける。そう決意したの」

「そんな決意は捨ててしまえっ!」

「えーと、結局よくわからないのだけど」

「単純に言うなら、こいつの名前はリント。一応私の同行者よ。まぁ半ば無理やりついてきたようなものだけど。実力はあるわ。魔法もかなりのレベルで使えるみたいだし」

「へぇ、そうなのね。よろしくリント。あらためて私はミスラ・エルシア・サニヴィル。システィリア王国の第一王女よ」

「えっと、リント・ヒナタです。一応魔法学院で講師やってます」

「魔法学院で? 随分と優秀なのね」

「いえそんな。俺なんて全然です」

「リント、あなた講師だったの?」

「そうだけど。言ってなかったか?」

「聞いてない。まぁ別にどうでもいいんだけど」

「どうでもいいのかよ……少しは興味持ってくれてもいいんじゃねぇの」

「私の興味の全てはハル君に注がれるのよ」

「あーはいはい。そういう奴だよなお前は。もうなんとなくわかったよ。それで、ミスラ様はどうして王城へ? リリアも言ってましたけど、今は魔物も闊歩してますし、落ち着くまで待った方が」

「それじゃダメなの。私は王女だから……そして、この未来を視た者として最後まで見届けなくてはいけないの。私だけが安全な場所でのうのうとしているわけにはいかないのよ」

「……それで飛び出したっていうの?」

「そうよ。王城に戻る。そこが最後の場所だから。私は行かないといけないのよ」

「意志だけじゃなのにもできない」

「っ!」


 ミスラの想いを聞いたリリアは、どこか冷たい瞳でミスラのことを見下ろす。


「こんなこと言える立場でもないし、言いたくもないけどね。力の伴わない意志と言葉ほど薄っぺらいものはないの。何かしたいなんて言葉だけで何かできるほど、この世界は優しくない。知ってるはずでしょ」

「それは……」


 ミスラは【未来視】で見た未来を変えようと何度も父である王に直談判した。様々な行動も起こした。しかしその結果はこの様だ。魔族の襲撃を防ぐことはできず王都は阿鼻叫喚の地獄絵図となっている。

 もしもミスラに力が……もっと大きな影響力があれば話は変わっていたかもしれない。しかしそれは最早言っても仕方のないことだ。過ぎてしまった時間を巻き戻すことはできないのだから。


「力の伴わない意志では何も変えることなんてできない。もう十分理解したと思ってたけど、まだわかってなかったの? はっきり言うわ。あなたが今さら王城に行ったとして、できることなんて何もない。邪魔なだけ」

「お、おい。何もそこまで言わなくても」

「リントは黙って。私はミスラに言ってるの。どうなのミスラ。それでもあなたは王城へ行くというの?」


 押し黙っていたミスラが、強い意志を宿した瞳でリリアの事を見つめ返す。


「……それでもよ。何もできないかもしれない。邪魔なのかもしれない。それでもここで立ち止まってしまったら、私はもう二度と前に進めなくなるの。そんな私を私は認めない。私は自分の引き起こした事態から目を逸らしたくないから」

「…………」

「…………」


 睨み合うリリアとミスラ。やがて先に折れたのはリリアの方だった。


「はぁ、わかってたけど言っても聞くわけないわよね。それで聞くなら王城を黙って抜け出すような真似もしないでしょうし」

「リリア……」

「リント。彼女も連れていきましょう」

「いいのか?」

「どうせここで無理に送り返してもまた勝手に行くだけ。それなら私達が連れていった方がいいわ。でも勘違いしないでねミスラ。私の考えは変わらない。意志には力が。力には意志が伴うべきなの。だから私は力を求めてる。ハル君も守るという意志を貫くために」

「えぇ、わかってるわ。でもありがとう。心強いわ」

「……話過ぎたわね。それじゃあ急いで王城に」

「あ、ちょっと待って。そっちの方向はダメ」

「ダメ? どうして」

「そっちの方ではさっき彼女が——」


 ミスラが言いかけたその瞬間だった。民家を突き破って飛んでくる人影が一つ。その影はリリア達の前で止まった。


「あー、いたたた。ふふ、あはは、いいねぇいいねぇ。面白くなってきたよ」

『笑ってる場合じゃないでしょ。彼女の力、思った以上に……ってあれ。リリアだ』

「ん? あ、ホントだ。後輩君のお姉さんじゃん」


 再会に次ぐ再会。リリア達の前に吹き飛ばされてきたのはこの国のもう一人の《勇者》。【紫電】のエクレアだった。






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