第132話 戦いの後
ミレイジュがワープゲートの中へと消えていくのをリリアはただ見送った。というよりも、見送ることしかできなかった。
体はミレイジュの『回復魔法』である程度回復したとはいえ、『姉力』は枯渇したままの状態だ。追撃は得策ではなかった。そして何より、リリア自身がこれ以上ミレイジュと戦いたくなかったのだ。
ワープゲートが閉じるのを見届けたリリアは、その場でホッと息を吐く。周囲にミレイジュの気配はない。本当に撤退したのだろう。
そして王都の近郊にいた魔物もいなくなっていた。リリアにやられたもの、逃げ出したもの、そしてリリアとミレイジュの戦いに巻き込まれたものなど。理由は様々だが、魔物はすでに残っていなかった。
「リリアさ~~~~んっ!!」
リリアがその場に座り込むと、遠くから戦いを見守っていたタマナが走り寄って来る。
「えっと、もう大丈夫……なんですよね」
「はい。魔物もいませんし。彼女も……ミレイジュも撤退しました」
「そうですか……良かったです。いえ、全然よくはないんですけど」
ミレイジュが裏切っていたというのは、非常に大きな問題だ。ミレイジュを通じてどれだけの機密が漏れていたかなど、考えたくもないほどだ。しかしタマナとしては得心がいったという感じだ。内通者の可能性はずっと言われていたことなのだから。もちろん内通者がミレイジュ一人と限らない以上まだ油断はできなのだが。
「とにかくリリアさんが無事で良かったです。私もうホントに肝を冷やしたというか、心臓が止まりそうになったというか……」
「すみません」
「あんな無茶はしないでください。って言っても、リリアはさんはきっとまた無茶しちゃうんでしょうけど。私の話なんて聞きませんもんね」
「えーと……もしかして怒ってますか?」
「そう見えるなら怒ってるんでしょうね。そう見えるなら!」
明らかにタマナは怒っていた。しかしそれも無理からぬ話だ。戦闘力のほとんどないタマナは、リリアの戦いをいつも見守ることしかできない。リリアのことを心配し、無茶しないようにと言ってもリリアはいつも無茶をする。
カイザーコングの時然り、アースドラゴンの時然り。そして今回のミレイジュとの戦いもそうだ。逃げ道は無かったのかもしれないが、それでも納得はできなかった。
そして何よりその怒りは自分自身へと向けられていた。何もできない情けない自分へと。必死になって戦っているリリアの役に立てないことが悔しいのだ。
なのでリリアへの物言いがきつくなってしまっているのは完全に八つ当たりだった。
「あのー……タマナさん?」
「……はぁ、もういいです。しないでくださいって言ってもリリアさんはそれがハルト君ためならしちゃうってわかってますから」
「そうですね。たぶんそこはこれからも変わらないと思います」
「そこで開き直らないでください。でも……心配してる人がいるってことも忘れないでくださいね。お願いですから」
「……はい」
「それでこれからどうするんですか? ミレイジュさんが展開してたワープゲートは閉じたみたいですけど」
王都の上空に広がっていたワープゲートはすでに閉じられていた。無尽蔵に湧いていた魔物の流出もそのおかげで止まっている。後は残った魔物と魔族をどうにかするだけなのだが、それが簡単にできれば苦労はしない。魔物の流出も止まったとはいえ、その数は膨大だ。魔族も何人いるかわからない。
少し状況は良くなったとはいえ、まだまだ予断を許さない状況だった。
「とりあえず王都の中に入りましょう。そうしないと何もわかりません。ハル君のことも見つけないといけませんし」
「……そうですね。行きましょう」
そしてリリアとミレイジュは魔物ひしめく王都の中へと入るのだった。
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「……っ、くっ……ふぅ……」
ワープゲートを抜けたミレイジュは、力が抜けてしまったかのようにその場に膝をつく。
「あぁ、流石に……キツイ……ですねぇ」
ミレイジュの体の至る所が悲鳴を上げている。リリアに全力で殴られたのだから無理もない話だが、こうして離脱するまでミレイジュはずっと耐えていたのだ。それは最早意地である。
「……負けちゃいましたぁ」
一人になった途端、その内心に浮かぶのは言いようのない悔しさだった。ミレイジュは本気でリリアに勝つつもりだった。そして全力で戦った。イレギュラーな事態が無かったとは言わない。そもそもワープゲートの展開で疲弊していたのも事実だ。しかしそんなことは言い訳にはならない。
ミレイジュは勝たなければいけなかったのだ。《姉》として。
悔しさのあまりミレイジュはギュっと拳を握りしめる。強く握り過ぎて爪が皮膚に食い込み血が出たほどだ。
ミレイジュは出せる全力を出した。リリアも全力だった。そのうえで負けたのだ。悔しくないはずがない。
ミレイジュはそっと部屋の中にいたセルジュに歩み寄る。セルジュは起きてはいない。気を失ったままの状態だ。大怪我をしているから無理もないのだが。
ほぼ瀕死の状態だったセルジュだが、ミレイジュが逃がす前に付与した『回復魔法』と『促進魔法』で傷は治っていた。
その様子を見てミレイジュはホッと息を吐く。
「良かった。あなたが無事で。本当に……」
愛おし気にセルジュの頬を撫でるミレイジュ。
「ごめんなさい。あなたに無茶をさせてしまって。私はお姉ちゃん失格ですねぇ。でももしあなたが私のことを許してくれるならぁ、私はあなたの誇れる姉であるために、どんな努力も惜しみません。そして今度こそ、リリアさんに勝利してみせます」
決意と共にミレイジュは呟く。それは誓いだ。もう絶対に負けないという誓い。ミレイジュは他の誰でもない、最愛の弟であるセルジュにリリアへのリベンジを誓った。
「ですからリリアさんもぉ。こんな所で負けないでくださいねぇ。私に勝ったんですからぁ、ハルト君のことをちゃんと守りきってください。まぁ、仕掛けた私が言えることじゃありませんけどぉ」
自分が通って来たワープゲートの先を見つめて、ミレイジュはリリアへの言葉を送るのだった。
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