第119話 『魔物憑依』
「なるほど……お姉さん、前よりずっと強くなってるんだね。まさか二頭のレッドライノスを一撃で沈められるとは思わなかった」
「そういう割には随分と余裕そうだけど」
「はは、そう見える? でも全然余裕なんかじゃないよ。レッドライノスは僕が使役できる中でも最上級の魔物だから」
「へぇ、それじゃあもう打つ手なし?」
「いや。そういうわけじゃないよ。僕にも奥の手はあるからさ。でも……できれば使いたくなかったんだ。それでも今度は負けるわけにはいかないから……僕は使うよ」
セルジュの様子が変わったことを感じたリリアは何かされる前に決着をつけようと駆け出す。しかし、セルジュもそれは読んでいた。僅かな時間を稼ぐために複数の魔物を使役し、リリアの行く手を阻む。
「くっ」
【姉弾】を使ったことで『姉力』を多く消費していたリリアは反応が僅かに遅れてしまった。決して遅かったわけではないが、それでもセルジュが奥の手を発動するには十分な時間だった。
「これが僕の奥の手——『魔物憑依』」
セルジュの影が広がり、周囲にいた魔物を呑み込む。そして影はセルジュの元へ戻ると、今度はそのままセルジュの体を呑み込んだ。影が蠢く。僅かに遅れてリリアがセルジュに向けて拳を突き出したが、弾かれる結果となるだけだった。
「力が増していく」
「そう。これが僕の奥の手『魔物憑依』……これを使った以上、僕の勝ちはもう揺るがないよ」
徐々にあらわになるセルジュの容貌。右腕は細く長く、鞭のようにしなっていた。そして左腕は逆に太く固く、剛腕と化している。腕だけではない、体全体に魔物の特徴が見て取れる。複数の魔物をセルジュという素体を使って無理やり一つに纏める。それがセルジュの奥の手『魔物憑依』だった。
「ずいぶんと禍々しい姿になったものね」
「僕もそう思うよ。この姿はあまり好きじゃない。だから……一瞬で決着をつけさせてもらう!!」
ヒュン、と風を切る音と共に鞭のような右腕がリリアに襲いかかる。その速度は音速を超えている。もし腕で防ごうとすれば肉が裂けることは間違いないであろう一撃だ。しかもそれだけでなく右腕はリリアがしたように魔力で覆われており、その強度と鋭さをずっと引き上げていた。
防ぐのは愚策だと判断したリリアは軌道を読んで腕を避ける。
「一度避けたくらいで終わると思わないでよね!」
すかさず二撃。武器として使う鞭とは違い、右腕そのものが鞭のようになっているのでセルジュの思うままに操れる。しかも振れば振るほどに速度は増していく。音速を超えた時に生じる衝撃波がリリアに襲いかかっていた。
(あの腕に好き勝手され続けるのは面倒……でも、流石に速すぎて捉えるのは難しい。それなら)
リリアは姿勢を低く構えると鞭の間隙を縫ってセルジュに近づこうとする。
「それも読み通りだよ、今度こそ捉えた!」
「ぐぅっ!」
さすがに全てを避けきることはできず、セルジュの一撃がリリアに命中する。だが、それでもリリアは止まらなかった。
「そうよね。あなたならそこを狙ってくると思ってた」
「っ! まさか、僕の攻撃を誘導した!?」
セルジュが狙って来るであろう場所にだけ『姉力』を集中させる。森で鍛えたからこそできるようになった芸当だ。リリアの読みと、技術がダメージを最小限に抑えさせたのだ。
そして一度近づいてしまえばセルジュの右腕は脅威にはならない。
「悪いけど、あなたに構ってる時間はないの!」
「そんな連れないこと言わないで……よっ!」
肉薄してきたリリアに対し、左腕を使って対抗するセルジュ。リリアの攻撃を一度は受け止めたセルジュだったが、リリアは受け止められた直後に動き出し素早く背後に回り込んで蹴りを叩き込んだ。
「結構本気で蹴ったはずなんだけど……随分タフになってるのね」
「そりゃね。お姉さんのあのバカげた攻撃力を見てたら耐久は上げるよ。それでも結構効いたけどさ」
「でも、耐久ばっかり上げてもそんなんじゃ私は止めれないわよ」
今の所リリアにとって脅威なのは右腕だけだ。左腕は固いだけで鈍重。体も丈夫ではあるが、リリアの攻撃を全て受けきれるほどではなかった。 しかしそれでもセルジュは不敵に笑った。
「そんなことはもちろんわかってるよ。でも僕の能力はこれだけじゃない。形態変化!」
セルジュの左腕が普通のものに戻り、そして再び変化を始めた。そして今度は砲身のような形になる。
「ファイアッ!」
「っ!」
左腕からの砲撃。それはエレメントウルフのブレスにも似た攻撃だった。リリアはとっさに距離を取って避ける。
「……なるほど。状況に応じて姿を変えれる。それがあなたの『魔物憑依』ってわけね」
「正解。今の僕は数十体の魔物の力を使うことができる。それだけじゃなくて、混ぜ合わせることも」
今の攻撃もエレメントウルフのブレスに、ショットゴーレムの持つ砲身を掛け合わせたものだった。
「さぁ、お姉さん一人で今の僕を止めれるかな」
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