第103話 月夜の語らい

 パレードの流れを聞いた後、ユナと話したり両親と夜ご飯を食べたりしているうちに気付けば夜を迎えていた。パレードのこともあって、早く寝なければいけないのにハルトの目は冴えたままで中々眠りにつくことができなかった。


「どうしたのじゃ主様。明日は早いのじゃろう? 中途半端に寝て寝坊なぞすればまたイルに怒られるぞ」

「うん……そうなんだけどね。なんだか寝れなくて。緊張……してるのかな」


 明日はハルトの人生史上一番と言ってもいい日だ。国内外から注目されるパレードの中心になるなど、一年前の自分からは想像もできなかった。それに加えてミスラからもたらされた魔族襲撃の予知。それが現実味を帯びている以上、戦うことも視野に入れなければいけない。その緊張がハルトを眠りから遠ざけていたのだ。

 そんなハルトの心中を察したリオンは立ち上がり、ハルトに近づく。


「主様、夜風に当たりに行こう」

「え?」

「眠れぬ時に無理に寝ようとしても余計に目が冴えるだけじゃ。それならばいっそ気分転換した方が良いと思うぞ」

「……そうだね。そうしようか」


 ベッドから出たハルトはそのまま部屋を出て外へと向かう。夜ということもあって教会の中は異様なほど静かだった。昼間とは全く違う雰囲気を感じながらハルトとリオンは廊下を歩く。


「実はの、つい先日散歩していた時に月が綺麗に見える場所を見つけたのじゃ」

「そんなのいつの間に……」

「主様が寝ておる間じゃよ。妾もなかなか眠れぬ時はあるからの」

「リオンでもあるんだ、そういうこと」

「当たり前じゃ。主様は妾をなんじゃと思っておる」

「ごめんごめん」


 そうしているうちにハルトはリオンの言う月が綺麗に見える場所へとたどり着いた。そこは教会の三階に位置するバルコニーのような場所だった。


「……む? 誰かおるのじゃ」

「え?」


 リオンに言われてハルトは気付いた。リオンの案内しようとした場所には先客がいたことに。その人物は一人で夜空を眺めていたが、ハルト達の気配を感じてバッと振り返る。


「誰っ!」

「は、はいっ! 盗み見するつもりは無かったんです! ごめんなさい!」

「その声……もしかしてハルト? それにリオンも」

「はいそうですハルトです! って……え? ミスラ様?」

「なんだ。ハルトだったのね。良かったわ。それと、私のことは何て呼べっていったかしら?」

「あ、すいませ——」

「すぐに謝らない。これも前に言ったわ」

「は、はい……ミスラさん」

「よろしい。それで、あなた達はどうしてここに? 明日はパレードもあるのだから、早めに寝た方がいいでしょう」

「えっと、なかなか寝付けなくて。そしたらリオンが気分転換に夜風に当たりに行こうって言ってくれて。それでここに来たんです」

「うむ。ここは月が綺麗に見えるからのう。お主はなぜここにいるのじゃ? イルの部屋で匿われておるのではなかったのか?」

「……そうね。本当はあんまり出歩かない方がいいんだけど。私もハルトと同じよ。なかなか眠れなかったから夜風に当たろうと思ったの。この時間なら人も少ないしね。大丈夫だと思ったのよ。そしたら偶然ここを見つけてたの」

「ふむ。奇遇というやつじゃの」

「そうね。イルなんかもうぐっすり眠ってたわ。こうやって私が抜け出しても気付かないくらいには。あなたが眠れない理由は……明日のことが理由よね?」

「……はい」

「当然よね。私もよ。明日の事を考えると、不安で不安でしょうがなくなる」


 バルコニーの手すりをグッと強く握りしめてミスラは話す。


「私が【未来視】で見た未来が、いよいよ近づいてる。回避できるのかどうかもわからない未来。アウラ達は色々と手を打ってくれたみたいだけど、それも完璧といえるものじゃない」


 ミスラの感じている不安が誰よりも強いことはハルトにもわかった。【未来視】で未来を視た張本人なのだ。ハルトよりもずっとリアリティを持ってその未来を想像できてしまう。


「私は伝えるだけ伝えて……何もできない。誰にも見つからないように隠れていることしかできない。お笑い種よね。これで一国の王女なんだから」

「そんなことは……」

「いいの。私が一番わかってるから。私の無力さは私が一番よく知ってる……たまに思うのよ。もっと早く未来を視れてたら。もっと早く行動できてたら。今よりずっとちゃんと準備できてたんじゃないかって……」

「ミスラさん……」

「たらればの話など言っても意味はなかろう。人は自分のできる範囲で行動するしかないのじゃ。そのことを悔いるならば、その後悔は今ではなく先のために生かさねばならぬ。過去を見つめるだけで進まぬことなど誰にでもできるからの。お主は後悔するためにここにおるわけじゃなかろう」

「そうですよミスラさん! まだ何も終わったわけじゃありません。ボク達にはイルさんもアウラさんも、それにエクレアさんだっています。ボクの姉さんだって明日に備えて力をつけようとしてる。全部ミスラさんが行動を起こしてくれたからです。もしミスラさんが何もしなかったら、ボク達は何も知らないままに明日のパレードを迎えることになってたんですから」

「二人とも……そうね。まだ何も終わってない。後悔なんていつでもできる。大事なのは……これからどうするか。私にもまだできることがあるかもしれない。ううん、見つけないといけない」

「約束します。ボクは逃げません。明日魔族が攻めてきても……立ち向かって見せます」

「ハルト……」

「妾のやることは変わらぬ。主様を守るだけじゃ。いつでも、どこでもな。だからお主は……自分のことだけ考えておればよい」

「ありがとう二人とも……あなた達は不思議な人ね」

「え?」

「あなた達が来る前は、あんなに不安でいっぱいだったのに。気付いたら不安がなくなってた。感謝するわ」

「い、いえそんな。ボクはただ思ったことを言っただけで」

「あなたのその優しさは美徳よ。この先あなたが力を手にしても……その優しさが失われないことを祈るわ。明日は頑張りましょう。それじゃあ、誰かに見つかる前に私は部屋に戻るわね」

「あ、はい!」

「お休みなさい」

「お、おやすみなさい……」


 ミスラは小さく微笑むと、ハルト達に背を向けてその場を立ち去る。


「さてと主様よ。その様子じゃと気分転換はできたようじゃな」

「え……あ、そういえば……」


 ここに来る前にはあった不安や緊張。それが今は無くなっていることにハルトは気付いた。


「ミスラと話せたことが気分転換になったか。良かったの。夜風に当たりに来るのも悪くないじゃろう?」

「うん」

「主様よ。妾達【カサルティリオ】は主様の剣となり盾となろう。明日、いかなることが起ころうとも乗り越えてみせようぞ!」

「そうだね乗り越えよう、きっと」


 月夜の下で拳と拳を合わせて誓いあうハルトとリオン。

 こうして夜は終わり、ハルト達にとって波乱の一日が始まろうとしていた。


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