第104話 長い一日の始まり

 パレード当日、早朝。ハルトは日が昇るよりも早く目を覚まし、王都の外にある平原へとやってきていた。特に理由はない。ただ緊張を振り払うためにランニングをしていたのだ。


『ふぁあああ、朝からよく走るのう』


 何が起きるかわからないということで、一応リオンを持ったままハルトは走っていた。しかしリオンは一緒に走る気はないらしく、【カサルティリオ】の中に引きこもったままだ。


「なんか体動かしてないと落ち着かなくて。最近はずっと朝から鍛錬していたから。そのせいかな?」

『体を動かす習慣が身に着くというのはよいことじゃ。基礎体力の向上は強くなるうえで必須じゃからのう』

「体力無いと何もできないしね。そのことはホント、痛感してるよ。姉さんより体力無いし、ボク」

『リリアと比べるのは酷じゃろう。あいつは半分人間を辞めてるようなものじゃからな』

「何回も言ってるけど、リリアの中で姉さんはどんな存在なのさ……」

『それにしても、王都は随分と飾られておったのう』

「パレードのため……だよね。当たり前だけど」

『あそこを主様が通り、民衆が主様を崇めるというわけじゃな。うむ。いいではないか』

「崇めるって……そんな感じではないと思うけど。お祭りみたいな感じでしょ?」

『じゃが主様が主役であることは確かじゃ。部屋に戻ったらしっかり髪もセットせねばな』

「その辺のことはパレード前に教会の人がやってくれるって言ってたけど」

『否! 主様の魅力を一番引き出せるのは妾じゃ、他の誰かになどやらせぬぞ』

「えぇ……」

『まぁリリアがおったならどうせ同じことを言ったじゃろう』

「確かに……姉さんならリオンと同じこといいそうかも」

『結局リリアの奴は戻って来ておらんがな。間に合わんのではないか?』

「姉さん……大丈夫かな」

『さての。そればかりはさすがの妾もわからん。じゃがまぁ死んではおらんじゃろう。前にも言った気がするが、あやつが死ぬ姿が妾には想像できん』

「……そうだね。姉さんはきっと戻って来る。そう信じよう。ボクの姉さんだもの」

『そうじゃぞ。主様はそれより自分のことを心配せねばな。パレードも、魔族の襲撃も……今日は波乱の一日になりそうじゃからな』

「何事もなくっていうのが一番いいんだけど……そうはいかないよね」

『案ずるでない。この日のために主様は『煉獄道』を乗り越えたのじゃから』

『そうそう~。私の試練乗り越えたんだから。大丈夫だよぉ』

「でも結局『煉獄道』でどんな能力を手に入れたかよくわかってないんだけど。そんなぶっつけ本番で使えるようなものなの?」

『うん、大丈夫だよぉ。っていうか、ぶっつけ本番じゃないとダメな感じの奴だし』

「そうなの?」

『まぁあれはそうじゃな。他の『憤怒』や『強欲』と違い攻撃的というわけではないからのう』

「まぁそれで大丈夫ならいいんだけど……」

『主様はどーんと構えとけばいいんだよぉ。私達の主様なんだからぁ』

「どーんと……かぁ。そういうの苦手だけど。うん、二人に任せてみようかな」


 そうして走っていると、日が昇り始めるのがハルトの目にうつった。


「あ、朝日だ。綺麗だね」

『おぉ眩しいのう。ふむ、しかし今日はいい天気になりそうじゃ』

『うはー、眩しいー、溶けるー』

『お主は主様と共に走って太陽浴びるのじゃ。引きこもりめ』

『いやだ、私は絶対に剣から出ないー』


 【カサルティリオ】の中で言い合う二人の話を聞きながら、レインは早朝のランニングを続けるのだった。












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 ハルトがランニングをしているのと同じころ、ガルも同じように裏路地から朝日が昇るのを見ていた。


 しかし、ガルにとってその朝日は綺麗なものではなかった。暗く澱んだガルの心に太陽の光はあまりに眩しすぎた。ガルは朝日を避けるように、裏路地の影に隠れる。陽の光が見えなくなると、不思議と心も落ち着いた。




「結局僕は日陰者ってことなのかな。いよいよ今日だ。今日……全部を終わらせる」




 誓うようにガルは短剣を持つ手に力を込める。その目に映るのはハルトの姿だけだ。この日までガルはハルトのことだけを考えて過ごしていた。どうすればハルトを殺すことができるのか、ということだけを。




「待っててねハルト君。今日が君の……最期の日だ」




 そう言ってガルは隠れ家へと戻る。王都襲撃作戦など関係ない。ガルが考えていたのはハルトを殺すこと、ただそれだけだった。


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