第94話 怠惰の『煉獄道』 6

「それで……ハル君に言われた通りにここまで来たけど、ここに何かあるの?」


 仕事が終わった後、ハルトとリリアは街はずれまでやって来ていた。そこはリリアがいつも自身の鍛練で使う場所だった。


「言ったでしょ。姉さんにお願いがあるんだ」

「それは聞いたけど……それでどうしてここまで来ないといけないの?」

「……ボクと、戦って欲しいんだ?」


 その言葉を聞いてリリアは一瞬硬直する。まさかそんなことを言われるとは思っていなかったという表情だ。


「……どうして?」

「確かめたいことがあるんだ」

「そう。でもハル君はいままで戦ったことなんて一度もないじゃない。私は魔物の討伐とか行ったりしてるけど……さすがに一度も戦ったことが無いハル君と戦うことはできないかな」

「ボクもそう思ってたんだ。でも今日、酔っ払いのお客さんが来たでしょ」

「えぇいたわね。そんなお客さん。私が投げ飛ばした人」

「うん。実は姉さんが来る直前、一度殴りかかられたんだ」

「……それで?」

「ボクの体は勝手に反応して、あの男の人の腕を止めることができた。それだけじゃない。勢いを利用して投げることもできた」

「とっさに反応することだってあるものね」


 あくまで偶然だったと主張するリリア。しかしレインの感じてしまった違和感はそれだけで収まるほど小さくは無かった。


「だから確かめたいんだ。姉さんと戦って……そしたらきっとわかると思うから」

「それが私と戦いたい理由?」

「うん、そうだよ」

「……ダメね。そんな理由じゃ戦えない。ハル君を怪我させたくないもの。さ、家に帰りましょう? お母さんとお父さんが待ってるもの」

「だったら——」


 あくまで戦う気はないと主張し、家へと帰ろうとするリリア。しかしハルトはそれでは納得しなかった。ハルトは地を蹴ってリリアへと飛び掛かる。


「ごめん、姉さんっ! はぁああああっ!」

「っ!」


 謝りながら飛び掛かってきたハルトに瞬時に気付き、リリアは後ろに飛び退く。


「どういうつもりハル君」

「姉さんが戦ってくれないって言うから。ちょっと無理やりかなって思ったけど……こうするしかないと思ったんだ」

「……なるほどね。本気なのねハル君」

「ごめん姉さん。でもどうしても確かめたいんだ」

「なら……手加減はしないから」


 ゾワッとハルトの全身の毛が逆立つ。リリアの纏う雰囲気が一瞬で変化する。優しかった姉から、戦士のそれへと。そしてリリアは忽然とその場から姿を消す。


「っ! 右!」


 右側から嫌な気配を感じたハルトは腕をクロスしてとっさに防御姿勢を取る。その直後に襲い来る衝撃。リリアはハルトに蹴りを叩き込んでいた。


「ぐっ、う……」

「驚いた。良く防いだわねハル君。でも……防ぐだけじゃ勝てない」


 蹴りを防がれたリリアは素早くハルトから距離を取る。そして再び攻撃へと転じ、今度は左側から蹴りを入れる。その流れを利用して殴る、蹴る、掴んで投げる。様々な方法でリリアはハルトに猛攻を仕掛けた。言葉通りの、手加減無しの全力の攻撃。しかしハルトはその全てに対処した。左からの蹴りは同じように腕でガードし、殴りかかってきた時には左右へのステップで躱す。投げられれば空中で姿勢を立て直してから着地した。

 考えてできたわけではない。体が勝手に反応した、というのが正しい。


「姉さんの言う通り……ボクはいままで戦ったことなんかない。訓練をしたことだってない。でも、夢の中でなら、姉さんが夢だと言ったあの世界でなら話は違う。ボクは《勇者》で、強くなるために鍛練を重ねてた。あれが現実なら、こうして戦えるのも納得できるんだ」

「……前に話してたあの夢が、ハル君が《勇者》になったあの夢こそが現実の世界だって? 笑わせないでハル君。そんなのあり得るわけないでしょう」

「でもこうしてボクは姉さんの攻撃を全部防いだ」

「…………」

「もし《勇者》としての鍛練を積んでなかったら、きっとこんなことできてない。それでも嘘だって言うの?」


 ハルトの問いかけにリリアは答えない。先ほどまでとは違って、感情の抜け落ちた無表情でリリアはハルトのことを見つめる。


「今度はこっちから行くよ」


 リリアの瞳に一瞬だけ気圧されたハルトだが、それを意志の力でねじ伏せてハルトはリリアに飛び掛かる。ハルトが動くのを見てリリアは防御姿勢を取る。


「はぁああああっ!!」


 ズシン、と重いハルトの一撃がリリアに当たる。腕で防御したリリアだったが、それでもビリビリと腕が痺れるのを感じてた。


「いい一撃ね、ハル君」

「まだだっ!」


 そこから始まるハルトの怒涛のラッシュ。縦横無尽に動き回り、リリアのことを翻弄しながらハルトは攻撃を続ける。蹴りと見せかけて殴る。殴ると見せかけて蹴る。様々なフェイントを織り交ぜながら。


「っ……これは……」

「全部、姉さんが教えてくれた技だ」

「私が?」

「ううん、言うなら夢の中の姉さんだよ」

「ふーん、そう言われるとちょっと嫉妬しちゃうなーその夢の中の私に」


 そう言いながら、リリアの表情にさきほどまでの余裕はない。しかし、そんなリリアの言葉に対して、ハルトは小さく首を横に振る。


「違う」

「違う? 違うって何が?」

「あなたは……姉さんじゃない」

「……どういうこと?」

「ボクの姉さんは……強いんだ。ボクなんかよりもずっとずっと強いんだ」


 自分の知っているリリアはもっと強かったとハルトは主張する。


「それはハル君の夢の中の私でしょ? 夢の中の私がどれだけ強いか知らないけど、それと比べられても困るな」

「ううん、違う。このルーラに居た頃から、王都に居た頃から姉さんは強かった。今のボクよりもずっと。だったら、あなたも同じだけの強さを持ってないとおかしいんだ」

「…………」

「めちゃくちゃな理論に聞こえるかもしれないけど、それでも確信を持って言える。ボクの中の何かが、あなたは姉さんじゃないと訴える。あなたは……誰ですか?」






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