第86話 アキラの考え

 フブキに抱きしめられたまま泣き続けたハルトはしばらくしてようやく心の落ち着きを取り戻した。心が落ち着き、自分の状況を思い出したハルトは急に恥ずかしくなり慌ててフブキから離れる。


「ご、ごめんフブキ!」

「ううん、大丈夫。それよりも元気出た?」

「……うん」


 誰かの温もりというのがこれほど安らぎを与えるものなのだということをハルトは身をもって知った。そのおかげで万全とは言えないものの、普通に話せる程度には元気を取り戻せたのだから。


「ずいぶん長いこと泣いておったのう」

「うっ……リ、リオン……見てたの?」

「当たり前じゃ。妾が主様の傍から離れることなどないのじゃからな」

「うぅ、普通に恥ずかしい。アキラさんも見てた……よね?」

「あはは……ごめんね? 見ない方がいいかなって思ったけど、ほら、さっきあんなことあったばっかりだから。離れるのもあれかなぁって思って」


 申し訳なさそうに頬をかくアキラ。ハルトの泣いている傍にいるのは恥ずかしいだろうということは理解していたものの、状況が状況なだけに離れるわけにもいかなかったのだ。ガルがまだ完全に諦めたとも限らないのだから。警戒の意味を込めて傍にいたアキラだったが、案の定というべきかハルトはリオンとアキラに泣き姿を見られたことをかなり恥じていた。


「うぅ、情けない……」

「そんなことはないぞ主様。たとえ男といえど泣くときは泣くものじゃ」

「そうだよ。泣いたって別に恥ずかしいことじゃないんだから」

「二人ともありがとう……フブキも、本当にありがとね。フブキがいなかったらこんなに早く元気になれなかったよ」

「私がいなくてもリリアさんがなんとかしたような気もするけど」

「それは無理じゃな。今リリアは王都におらんからな」

「え? そうなの?」

「うむ。修行と言って飛び出していきおった」

「リリアさんがハルトの傍から離れるなんて……珍しいこともあるね」

「それで肝心な時に傍に居れぬのじゃから意味がないがのう」

「ボクとしてはいなくてよかったかもだけど……」

「確かに……もしハルト君が殺されかけたなんて知ったらきっと……」


 荒れ狂うリリアの姿を幻視してブルっと身震いするフブキ。もしこの場にいればリリアはガルを探してどこまでも追いかけ続けていたことだろう。


「そんなに怖い人なんだ……」

「怖いというか……」

「ハルトのことになれば見境がないだけじゃ」

「ハルトにこんなことしたって知れたら私もリリアさんに睨まれちゃうかもね」

「そんなことないって。きっと大丈夫だから。今回のことはボクに責任があるんだし」

「だといいけど。それで……聞いてもいいかな、さっきの人について」

「…………」

「言いたくないなら。無理には聞かないけど」

「……ううん。聞いておいて欲しい。二人のことも巻き込んじゃったわけだから。二人には知る権利がある」


 そしてハルトは二人にガルとの関係を、ガルと出会った経緯について話す。話している内に再び湧き上がってきた悲しみを抑え、ハルトの自身の胸の内をさらけ出す。


「ガル君は……最初からこのつもりでボクに近づいてきたのかな?」

「そんなこと……」

「そう考えるのが自然じゃろう」


 ハルトのことを気遣って言葉を濁そうとするフブキと対照的に、リオンはまっすぐ思ったままをハルトに伝える。


「ガルと出会ったこと自体は偶然じゃったかもしれん。しかしその後は主様に近づくための行動であった可能性が高い。そう考えるのが自然じゃ」

「そう……なのかな」


 ハルトと話していた時のガルが笑顔の裏でハルトのことを殺そうと画策していた。そんなこと考えたくもないハルトだったが、それはハルトの願望だ。リオンの言うことの方が正しいのはハルトもわかっている。


「なんであれあやつは主様を殺そうとした。それは変えようのない現実じゃ。あやつはもう敵じゃ。それを受け入れるしかあるまい」

「…………」

「本当にそうなのかな?」


 リオンの言葉に異論をはさんだのは意外なことにアキラだった。ハルトの話を聞いている途中からずっと神妙な顔をして聞いていたアキラが自分の考えを話す。


「さっきあの人と戦った時、ずっと感じてたことがあったんだ」

「感じてたこと?」

「そう。あの人から感じたのはハルト君への殺意、怒りそして……悲しみと後悔、恐怖」

「悲しみと後悔それに恐怖?」

「うん。殺意とか怒りの感情が大きすぎてわかりづらかったけど、彼は確かにそれを感じてた。それは間違いない」

「なぜそんなことがわかるのじゃ?」

「あはは、なんていうか……見えるんだよね。人の感情っていうか……そういうの昔から。まぁ特技みたいなものだよ。信憑性はって聞かれると自信ないけど。信じてもらうしかないかな」

「感情が見える……のう。にわかには信じがたいが。そういう目を持つ者がおっても不思議ではない」

「もし本当だとしたらガル君は何に恐怖を抱いてたんだろう」

「そこまではわからないけど……ここからは私の想像の話だよ。それでも聞いてくれる?」

「うん」

「あの人は……知らなかったんじゃないかな。君が目標である《勇者》だって。でもいつかはわからないけど、それを知ってしまった。でもその時にはハルト君は彼にとって大切な友人だった。仕事は断れない。でも君のことを殺したくない。色んな感情がないまぜになってる時に、彼はハルト君と再会してしまった」

「その結果の行動じゃというのか?」

「だってそうでしょ。本当にハルト君のことを殺そうとするならあんな人気の多い場所、普通は選ばない。私なら何も知らないハルト君を連れて人気の無い場所に行く。適当な理由をつけてね」

「……確かに、そうかもしれん」

「だから……思ったの。本当は、ハルト君に止めて欲しかったんじゃないかなって」

「ボクに?」

「どうしようもない感情を。行き場のなくなった想いを……」

「でもそれじゃあボクは……」


 もしアキラの言うことが事実だとするならば、ハルトはそれに失敗したことになる。殺意を向けてきたガルに対してハルトは何もできなかったのだから。


「あ、ごめん。自分のことを責めないで。これは私の希望的観測なわけだし。本当の所はわからないから……でもさ。信じることって大事だと思うの。ハルト君がガル君との間に友情を感じたんなら、それは嘘じゃないと思うから」

「アキラさん……」

「あはは、ごめんね。変なこと言っちゃって」

「ううん。そんなことないよ。ボクは何も知らないから……だから、アキラさんの言うことを信じたい。ううん、信じる」

「信じてどうするというのじゃ? あやつを止めて、再び友人に戻るとでも?」

「わからない……でも、ガル君が苦しんでるなら、ボクは助けたい」


 ハルトの決意を確かめるように、厳しい瞳でハルトのことを見つめるリオン。やがて折れたのはリオンの方だった。


「……はぁ、仕方ないのう。そういう主様の望みを叶えるのも妾の務めじゃ。任せるがよい」

「リオン、それじゃあ」

「うむ。今度ガルに会うことがあれば妾と主様で止めてくれよう」

「私としてはあんまり危険なことはして欲しくないけど……無茶はしないでね」

「うん。それはわかってるよ。今度はもう、大丈夫だから」

「何かあったらいつでも呼んでね。私にできることなら手伝うから!」

「アキラさんもありがとう。フブキとアキラさんがいなかったら、ボクどうなってたかわからないし。二人は命の恩人だよ」

「大げさ。私は当たり前のことしただけだから」

「そうそう。友達を助けるのは当然だし」

「もちろん、リオンもね」

「当然の務めじゃからな」


 改めて三人にお礼を言ったハルトは空を見上げて誓う。


(ガル君、君が何を考えていたのか。ボクは知らない。わからない。でも……君との間に感じた友情は本物だって信じたいから。だから……今度はボクが絶対に止めて見せる)


 決意と共にハルトは拳を握りしめるのだった。

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