第83話 牙剥く悪意

 露店でご飯を買ったハルトとガルは、広場に置いてある椅子に座ってご飯を食べることになった。ご飯を食べながら、ハルトとガルは他愛もない話を続ける。好きな物、嫌いな物、得意なこと、苦手なこと。話せることはいくらでもあった。そんな中で、ハルトはふと広場を行き交う人々に視線を向ける。


「ホント、すごい人の多さだよね」

「え?」

「王都。もう何日もいるけど全然慣れないよ。まだ圧倒されてる」

「あぁ、そうだね。その気持ち良くわかるよ。僕も全然慣れなくて。こうやって歩くだけでも一苦労って感じ」

「あはは、だよね。僕の住んでた街も多い方だと思ってたんだけど……全然そんなことなかったよ」

「少々多すぎる気もするがの。昔はこんなに多くは無かったというのに」

「昔?」

「おじいちゃん! リオンのおじいちゃんから聞いた話だよ。ね? そうだよねリオン」

「う、うむ。そうじゃ。じい様がよくこの話をするのじゃ」

「そうなんだ。あ、じゃあもしかしてリオンちゃんのその話し方って、おじいさんの影響なのかな?」

「そ、そうじゃな。妾おじいちゃんっ子じゃったからのう」

「リオン、気をつけないと」

「うむ。すまぬのじゃ」


 ボロを出しかけたリオンを慌ててフォローするハルト。耳元に口を近づけて小声で注意する。


「どうかしたの?」

「なんでもないよ。うん、なんでもない。こっちの話。そういえば……ガル君も王都に来たばっかりだって言ってたよね」

「うん、そうだね。まだ来て日は浅いかな。ハルト君よりも短いと思うよ」

「お兄さんと来たって言ってたけど、なんで王都に来たの? 何かの仕事?」

「あー……うん。そうだね。仕事……かな。とっても大事な仕事」

「そっか。そんな仕事任されるなんてガル君はすごいね」

「……ううん。全然すごくなんかないよ。僕なんか兄さんのおまけみたいな扱いだし。兄さんがいないと何もできないんだ」


 今回の王都襲撃の作戦にガルとガドが選ばれた理由も結局の所はガドの戦闘力を見込んでの話だ。性格に難があるガドではあるが、その実力は本物だから。そして、ガドを制御するための道具としてガルが選ばれた。ただそれだけの話なのだ。ガル自身に求められているのはガドが無茶苦茶に動かないよう抑止することだけ。それすらもガルにとっては難しいことなのだが、できないなどと言えるはずもない。


 ガルはちらりと横目でハルトのことを見る。ハルトは疑うことなど知らないような目でガルの事を見ている。それだけでガルにはわかる。ハルトがどれだけ周囲の人に恵まれて生きてきたのかということが。


 奪い、奪われるという生活を送り続けてきたガルとは全く違う、恵まれた人生。そう考えた瞬間、ガルの心に仄暗い炎が宿る。嫉妬という名の、暗い炎が。


「ねぇ、僕もハルト君に聞きたいことがあるんだ」

「え、何?」


 ガルの纏う雰囲気が変化したことにリオンがピクリと反応する。しかし、ガルのことを全く疑っていないハルトはそれに気付かない、気付けない。


「ハルト君は……《勇者》なんだよね?」

「え?」

「主様っ!!」


 流れるような仕草で懐に手を入れ、忍ばせていたナイフを抜くガル。全く反応できていないハルトに毒塗のナイフが突き刺さる。その直前だった。いち早く反応したリオンがハルトのことを引っ張り、ハルトはナイフを避ける。


「え、え?」

「ボケっとするな主様!」

「すごいなぁリオンちゃん。まさか避けられるなんて思ってもなかったよ」


 未だ状況が呑み込めていないハルトに対して、リオンはすでにガルのことを敵として認識していた。


「どういうつもりじゃガル。そんなものを持ち出した以上……おふざけでした、では済まされんぞ」

「怖いなぁリオンちゃん。せっかくの可愛い顔が台無しだよ」


 ジッとガルのことを睨みつけるリオン。ガルは感情の読めない瞳でハルトとリオンのことを見つめている。


「ガル……君? どういうこと?」

「ごめんねハルト君。僕の今回の仕事を教えてあげる」

「ガル君の……仕事?」

「僕の仕事は……《勇者》の抹殺」

「っ!?」

「だから……ここで死んで?」

「ちっ、ボサっとするな主様! 立つんじゃ!」


 襲われそうになっても動かないハルトに舌打ちしながら、リオンはガルの前に立つ。リオンとて今のハルトの胸中は理解しているが、だからといって動かなければ確実に殺される。それだけの殺気をガルは放っていた。


「どいてくれるかなリオンちゃん。あんまり余計な殺しはしたくないんだ」

「ふん、どけと言われてどくやつがおるか。あまり妾のことを舐めるなよ」


 そう言って不敵に笑うリオンだったが、勝ち目が薄いことはわかっていた。リオンはあくまで武器なのだ。一人でもある程度は戦えるが、その真骨頂を発揮するのはやはり武器として扱われた時だけ。ハルトがリオンを使えば話は変わるが、今のハルトにそんな余裕は見受けられない。ハルトはまだ状況を掴めず、混乱の極致にいた。


(なにより……読めぬ。こやつの力が。なぜじゃ……何か妙な力でも働いておるのか?)


 リオンの目に見えるはずの魂の形。今もリオンに見えているのは普通に人間の魂の形。しかしそれはあり得ないのだ。魂というのは如実に心を反映する。動揺すれば乱れる。害意を持てば濁る。しかし今のガルは肌を突き刺すような殺気を放っておきながら、何の変化もない。だからこそリオンはガルの力を計りかねていた。


「くそ、厄介な」


 リオンにとって魂の形が見えないということは、どんな攻撃を仕掛けてくるかもわからないということに等しい。


「主様をリンクできれば小細工など突破できそうなものじゃが……今の状態ではとても無理か。じゃが引くわけにもいかんのじゃ」


 ここでリオンが諦めた先に待つのはハルトの死だけ。だからこそリオンは絶対に引けなかった。


(勝つのは無理かもしれぬ。じゃが時間稼ぎくらいはさせてもらうぞ)


 リオンの勝ち筋はそれだけだ。時間を稼ぎ、警備隊が来るまで耐えること。幸いというべきか、今リオン達がいるのは広場の中心。それも人通りの多い時間。今もハルト達の騒ぎを見て動いている人がいた。警備隊が来るのも時間の問題だとリオンは計算していた。


(問題はどれだけ持つか。守りながら戦うというのは得意ではないのじゃがなぁ。最悪刺し違えてでも……ん? あれは……)


 ふとリオンの視界の端に移る人影。遠巻きに騒ぎを見ている人の波をかき分けて近づいて来る人がいた。


「あ、やっぱりハルトだ!」

「本当だ……すごいねフブキちゃん。でもこれ……もしかしてまずい状況なのかな」


 人波をかき分けて現れたのは、ハルトの幼なじみであるフブキとその友人であるアキラだった。




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