第82話 遭遇の予感

 夜ご飯を食べるために家を出たガルの足は何気なく初めてハルトと出会った場所へと向いていた。特に理由があったわけではない。ただそこに行けば何かがあるような、そんな予感に襲われていたのだ。


「根拠もない予感に身を任せるなんて……さすがに無計画すぎるよね」


 ハルトが《勇者》であるとわかった以上、どこにハルトがいるかということはガルも知っている。しかし、魔族であるガルが敵の本拠地ともいえる教会に向かうなどということがdきるはずがなかった。


「ここに来ればハルト君に会えるかもなんて思ったけど、そんなわけないよね」


 ハルトと初めて出会った場所にたどり着いたガルだったが、当然のごとくそこにハルトの姿は無い。そもそも、時刻が夕暮れ時ということもあって人通りも多い。その中からハルトの姿を見つけるなど不可能に近いことだった。


「見つからなくてよかったって思うけど……残念でもあるな」


 ハルトが見つからなくて安堵する気持ち半分、残念さが半分。ガルはそんな複雑な感情で占められていた。


「そもそも僕は……ハルト君に会ってどうしたいんだろうね」


 そっと服の内のポケットに手を当てるガル。そこには家から念のために持っていた毒塗のナイフが忍ばせてあった。もしこの場に本当にハルトがいたとして、これを使う勇気があったか否か。それはガル自身にしかわからない。否、ガル自身にもわかっていなかった。ただ無意識にこのナイフを手に取っていたのだ。


「……何か食べよう」


 無意識に緊張していた気持ちをほぐすようにガルは何度か深呼吸して、目の前にあった露店へと近づく。


 その時だった。


「あれ、もしかしてガル君?」


「——っ!!」


 その声を聞いた瞬間、ガルは自分の心臓が口から飛び出るかと思うほど驚いた。しかし、それを勤めて顔に出さないようにしながらガルはゆっくりと後ろを振り向く。


「ハルト……君?」

「あ、やっぱりそうだ。ね、だから言ったでしょ」

「うーむ、まさか本当にいるとはな」


 そこに立っていたのは、ガルの友人で……そして敵であるハルトだった。




□■□■□■□■□■□■□■□■□


 時は少し遡る。


 ミレイジュのとの雑談を終えたハルトは特に何をするでもなく、部屋に元から置いてあった本を読んでいた。


「のう主様よ。今日はもう何もせんのか?」

「そうだね。夜ご飯を食べた後に訓練の続きをしようかなとは思ってるけど、それまでは勉強かな」

「真面目じゃのう。何の勉強をしておるのじゃ?」

「この国とか、周辺の国についてね。日曜学校である程度は勉強したんだけど、あんまり知らなかったからさ。もっと色んなことを勉強して知っていかないと」

「それが何かの役に立つかもしれぬからか?」

「……うん。もしかしたら今後別の国に行くことになるかもしれないしね」

「そうじゃな。妾の力の欠片も、この国だけではなく世界各地に散らばっておるようじゃし。他国に赴くこともあるじゃろうのぉ」

「やっぱりそうなんだ。もしかしたらって思ってたけど……」

「ある程度どこにあるかという目星はつけておるからの」

「まぁそれもパレードが無事に終わったらだね」

「主様の身の安全は妾が保証しよう。たとえリリアがおらずとも守り切ってみせるのじゃ!」

「うん、すごく頼もしいよ」

「ふふん、そうじゃろうそうじゃろう!」


 ハルトに頼もしい、と言われたことが嬉しかったのか胸を張るリオン。しかし、それと同時にリオンのお腹がくぅ~っと小さく音を鳴らす。


「…………」

「ちがっ、違うのじゃ! 別にお腹が空いてるわけではないのじゃ!」

「あはは、別に隠さなくてもいいのに。もう夕方だもんね。ご飯食べに行こっか」

「うぅ~、違うと言うておるのに……」

「じゃあ行かなくていいの?」

「それとこれとは話が別なのじゃ。どこに行くのじゃ? 食堂か?」

「うーん、それも考えたんだけど……今日は外に行こっか」

「ほう、外とは。妾は別に構わんが。どういう風の吹き回しじゃ?」

「なんかこう……うまく言えないんだけどさ、ガル君に会える気がして」

「あの小僧か。それは《勇者》としての直感かのう?」

「どうだろう。そんなのは全然わからないけど。でも……うまく言えないんだ、そんな予感がするっていうか。会わないといけない気がするっていうか……」

「うーむ。よくわからんが。まぁ主様がそう言うのであれば妾に異論はないのじゃ。露店の飯も好きじゃしな」

「それじゃあ決まりだね。パールさんに声だけかけて食べに行こっか」

「うむ!」


 そしてハルトとリオンはガルに会えるかもしれないという予感を抱えながらガルと初めて出会った露店のあった場所へとやって来た。


 そしてそこでハルトは見覚えのある後姿を見つけたのだ。


「なんとなくここに来たらガル君に会える気がしたんだ。やっぱり気のせいじゃなかったみたいだね」

「うーむ。主様の直感も馬鹿にできんのう。まさか本当におるとは夢にも思わなんだ」

「そ、そうなんだ……偶然だね」


 バクバクと脈打つ心臓と上ずりそうになる声を必死に抑えるガル。ガルの胸中は混乱の極みにあった。ハルト達にバレないように取り繕いながら、不自然にならない程度に会話を続けるガル。


「急に声を掛けられたからびっくりしちゃったよ」

「ごめんね。でもボクもびっくりしたよ。本当にいるなんて夢にも思わなかったからさ」


 この場をすぐに離れるべきだという思いと千載一遇のチャンスだという思い。二つの思いがガルのうちでせめぎ合う。しかし、ガルが結論を出そうと悩んでいる間にも状況は進んで行く。


「ねぇ、もしよかったらなんだけどさ。ガル君も一緒にご飯食べない?」

「え?」

「ほら、ガル君と落ち着いて話せたことってなかったし。あ、時間があるならでいいんだけど」

「それは……」


 その時、ガルの脳裏によぎる懐に忍ばせたナイフの存在。それがガルの決断を後押しするものになった。


「……そうだね。それもいいかも。今日は時間もあるから」

「良かった。それじゃあせっかくだし、落ちつける場所で食べよう」

「うん、そうしよう」


 何も知らないハルトは嬉しそうにリオンと露店の商品を選び始める。その背を見ながらガルは一人そっと手を握りしめるのだった。


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