第81話 仄暗い決意

 ガルは裏路地を抜けて人通りの多い場所へと出てきていた。


「はぁ、やっぱり裏路地に隠れ家を構えたのは間違いだったかな。前も同じようなことあったし……でも、僕達が表の宿を借りるわけにもいかないし。兄さんが大人しくしてるはずもないから」


 ガルが今の場所を選んだのは兄であるガドのことを考慮しての結果だ。王都に潜伏している間ガドが素直に大人しくしているはずもない。ガルはそう考えたのだ。そして事実として、ガドは王都に来てから数日の間に多くの問題を起こしていた。大きな問題にならなかったのはそれらが全て裏路地の中で起こったことだからだ。

 王都の警備も裏路地の中まではやってこない。その結果としてガルは注目されることなく行動することができているのだ。


「はぁ……って、ため息ついててもしょうがないか。早くご飯買って帰ろう。遅くなると兄さんの機嫌が悪くなるし」


 一つ深呼吸したガルは気を取り直して露店に向かう。いつもならガルが夜ご飯の用意をするのだが、今はそんな気分でもない。適当にガドの好きそうなものだけ買って帰ろうと決めて何かいいものはないかと物色する。


「美味しそうなものいっぱいあるなー」


 様々な露店を見ながらガドは歩く。その道中、多くの人とすれ違った。小さな子供とその母親。老夫婦、若いカップル、路地で遊ぶ子供達。その誰もが楽しそうな顔をしていて、その顔をみるたびにガルの心がチクリと痛む。


(僕は、あの人達の笑顔を壊すことになる。何も知らずに、ただ楽しく生きてる人々の日常を壊す)


 ガルがここにいるというのはそういうことなのだ。ガルにできるのはせめて被害が小さく済むことを祈るくらい。それが無理な願いでることは誰よりも知っていたが。


「あ、そういえば……さっきお金置いてきちゃったから残り少ししかないや。兄さんの分くらいは買えそうだからいいか。僕はまた後にしよう」

 何よりも優先するべきはガドだ。ガドの機嫌を損ねると本当に死人が出かねないのだから。


「お肉……じゃないと怒るよね。絶対」


 ガドは無類の肉好きだ。食べたい物を聞いても大体肉としか答えない。あまり悩んでいる時間もないと露店にあった肉料理をいくつか買ってガルは家へと急ぐ。周囲の人から目を逸らし、チクチクと痛み続ける心からも目を逸らしたまま。






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 ガルが家に戻ると、兄のガドがソファでくつろいでいた。心なしか機嫌が良く見えるのはガルの気のせいではないだろう。ガドは自分の欲望に忠実で、それを満たすことこそがガドの生きる目的だ。そして、それが満たされた時は往々にして機嫌が良くなる。といっても、そう長くは持たないのだが。


「おぉ、遅かったじゃねぇか」

「あ、ご、ごめん。色々あって。買ってきたよ。お肉でいいよね?」

「当たり前だろ。むしろ肉以外買ってきてたらぶっ飛ばすところだ」

「あはは、だよね」


 ガドはソファに寝そべったまま、よこせと言わんばかりに手を伸ばす。ガドが買ってきたご飯を渡すと、起き上がることもなくそのまま食べ始める。あまりにも行儀の悪い行いだが、この場にガドに注意できる人物などいない。


「あぁ、それにしてもよぉ。いつまでここでジッとしてりゃいいんだ? いい加減イライラしてんだけどよぉ」

「まだ何の指示もないから動けないよ。勝手なことしたら作戦が台無しになっちゃうし」

「あ? 作戦なんか知るかよ。暴れて、殺して殺して、殺しまくる。そんだけだろうが」

「だ、ダメだよ! 王都にどれだけの人がいるかわかって——うぐっ」

「俺に口答えしてんじゃねぇよ」


 ガドの拳がガルに叩きこまれる。容赦なく殴られたガルは思わずそのばにうずくまるが、ガドは全く気にせず食べ続ける。


「ご、ごめん。兄さん……」

「お前は俺の言うことだけ聞いてりゃいいんだよそれぐらいしかできねぇ雑魚なんだからな」

「う、うん……そうだね。でもパレードが三日後だから……きっと動くとしたらその日だよ。それまでは大人しくしてよう?」

「ちっ、つまらねぇな。まぁ楽しみは後に残しといたほうがいいって言うしなぁ。でもよぉこんだけ待たせやがんだ。当日は思う存分暴れさせてもらうからな。そん時はお前の力も使ってやるよ」

「う、うん。頑張るよ」

「せっかくだからなぁ。俺が《勇者》をぶっ殺してやるよ」

「っ?!」

「俺を満たせるくらい強いのか……まぁ、あんまり期待はしてねぇがな。俺より強い奴なんていねぇんだからよ」

「………ぼ、僕ご飯食べてくるね」


 ガルはガドの言葉を避けるように、食事の名目で家からでる。しかしその頭の中は先ほどのガドの言葉で一杯だった。ガドはやるといったらやる。もしハルトとガドが戦うことになったらとガルには止められない。


「このままじゃハルト君はきっと兄さんの手で……そんなのダメだ。そんなことになるくらいなら……いっそ……」


 仄暗い決意をその瞳に宿しながら、ガルは小さく呟くのだった。




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