第84話 広場での戦い

 広場での騒ぎを聞きつけてやって来たフブキとアキラが目にしたのは、ナイフを持つ男と対峙するリオン、そしてその後ろにいるハルトの姿だった。フブキは決して察しが良いタイプではなかったが、それでも理解することができた。ハルトの命が危ないということを。


「ハルトっ!」

「あ、フブキちゃん!」


 それに気づいた瞬間、フブキは駆け出していた。隣に立っていたアキラが慌てて呼び止めるも時すでに遅し。フブキは躊躇することなく魔法の行使を決断する。


「穿つ槍は鋭く冷たく、全てを凍てつかせ敵を薙ぎ払え——【アイスランス】!」


 フブキが放ったのは氷の初級魔法。威力に欠けるが、速さはある。フブキの持つ杖から放たれた魔法がガルに襲いかかる。しかしガルからすれば脅威でもなんでもない魔法だった。


「【属性付与・炎】」


 ガルはフブキの【アイスランス】を避けず自身の右腕に炎の力を付与することで【アイスランス】を溶かした。


「っ! 氷の檻よ——」

「遅いよ」


 魔法を防がれたフブキは慌てて次の魔法を詠唱しようとするが、それよりもガルが動く方が速い。そもそも魔法使いであるフブキがガルに近づこうとしたのが間違いなのだ。ハルトを心配するあまり走り出してしまったフブキだが、本気でガルを攻撃するつもりならば遠距離を保ったまま魔法の詠唱をするべきだったのだ。


「邪魔をするなら……君も殺す」

「っ!」

「フブキ!」


 生まれて初めて向けられる純粋な殺意に思わず息を呑むフブキ。フブキに迫る命の危機にハルトが叫ぶが何をしても間に合う距離ではない。ガルが振り上げたナイフがフブキに突き刺さる、その直前だった。


「【ウォーターバインド】!」


 ガルの右腕に水の鎖が絡まり、動きを止められる。チラリとガルが視線を向けるとそこにはアキラの姿があった。


「どういう状況かまだ全然飲み込めてないんだけどさ。ハルト君とフブキちゃんを攻撃しようとしたってことは敵でいいんだよね」

「…………」

「フブキちゃん、早く離れて! 長くは持たない!」

「う、うん」


 ガルが動こうとしていることを感じ取ったアキラはフブキに叫ぶ。ガルから離れ、ハルトの元へ駆け寄るフブキ。


「えっと……何があったかわからないけど大丈夫?」

「状況もよく理解しておらんのによくもまぁ躊躇なく攻撃したものじゃな」

「だ、だってハルトが危ないと思ったから……」

「それで自分が危機に陥っておったら世話ないのう」

「ごめんなさい……」

「まぁよい。お主の判断は間違っておらんしの。あやつは敵じゃ」

「っ! リオン! ガル君は——」

「友達か? ナイフを向け、命を奪おうとしたものを友達じゃと……主様はそう言うのか?」

「それは……でも、もしかしたら何か事情が……」

「事情など知らん。主様に敵意を持ってナイフを向けた。その時点で妾の敵じゃ。それに、向こうのやる気のようじゃぞ」


 リオンの視線の先ではガルが【ウォーターバインド】の拘束を振り払ったところだった。右腕の炎で水を蒸発させたのだ。ガルはリオン、フブキ、そしてアキラへと視線を移し軽くため息を吐く。


「こうなるのが嫌だったから早く終わらせたかったのに。やっぱりダメだなぁ、僕って」

「ガル君、どうしてこんなこと!」

「どうしてって。言ったでしょ。ハルト君を殺すのが僕の仕事なの。ねえ君達さ。大人しく退いてくれる気はない? 今ならまだ見逃してあげるからさ」

「ふざけたことを抜かすな」

「ハルトを殺させたりしない!」

「さすがにそれはできない相談かなぁ。ハルト君はフブキちゃんの大事な幼なじみだし。私もハルト君には興味あるしね」

「……そっか。いいなぁハルト君は。こうやって守ってくれる人がいて……僕にはそんな人はいなかった」


 背筋が凍り付くような冷たい視線がハルトに突き刺さる。ゆらりと体を揺らしたガルは一気に駆け出し、ハルトとの距離を詰めようとする。


「ちっ、この状況でもお構いなしか。小娘共、お主らは魔法を詠唱しておれ! この状況じゃ。頼りにさせてもらうぞ!」

「わ、わかった!」

「やるしかないんだよね! あぁもう!」


 距離を詰めるガルの前に立ち塞がるリオン。ガルは炎が付与された燃える右腕でリオンのことを殴ろうとする。受け止めることはできないと判断したリオンは一歩下がってその攻撃を避け、腕を振り切った姿勢のガルに蹴りを叩き込む。完全にとらえたリオンの一撃だったが、ガルは全く堪えた様子はない。


「【能力付与・硬化】」

「ちっ、厄介な能力じゃな」


 人間の形態ではほとんどの能力が使えないリオンにできるのは殴る蹴るといった攻撃だけだった。硬化した肉体、炎を纏う右腕。今のリオンが相手にするにはあまりにも負担が大きかった。ガルの攻撃を避け続けることしかできないリオン。反撃しようにも有効打が与えられるビジョンがリオンには見えなかった。


(もっと力を取り戻しておれば話は別じゃったものを。こいつの底が見えんというのも面倒じゃ)


「しかし、忘れておらんか? 今貴様と戦っておるのは妾一人ではないぞ」

「っ!」

「【アイスバレッド】!」


 リオンの後ろからフブキの魔法が炸裂する。今度はしっかりとガルに直撃した魔法だが、ガルにダメージを受けた様子は見受けられなかった。


「外から攻撃が効かないなら内側からってのが王道だよね! 【デュアルライトニング】!」


 アキラの放つ雷撃魔法がガルに当たる。ガルに大したダメージを与えた様子はなかったが、アキラの魔法はそこで終わりではなかった。


「バーストッ!」

「ッッッ!!」


 アキラが叫ぶと同時に雷撃魔法が弾け、ガルの体内に直接雷を叩き込む。体の外側は硬いが、内側はそうではなかった。まともにくらってしまったガルは初めて膝をつく。


「なんじゃあの魔法は……」

「アキラ、魔法に関しては本当に天才的だから。学年でもトップクラスだし」

「それは頼もしいことじゃの。お主も気合い入れんか」

「わかってる! 彼の者捉うは氷の壁、冷たき氷の世界に落ちろ——【アイスウォール】!」


 ガルの頭上に現れる氷の壁。四方を囲むようにして現れた氷の壁はガルの逃げ場を無くす。目の前に現れた壁を炎で溶かそうとするガルだが、今度の氷の壁は先ほどよりも分厚く、なかなか溶けない。


「無駄。絶対に逃がさないから」

「氷の壁か。なかなかやるではないか」

「リオンちゃんが囮になって、後ろから魔法使いが攻撃してくる……うん、常套手段だよね。わかってるのに上手く対処できないんだから。やっぱりボクって弱いなぁ。ダメダメだ。それに比べてハルト君にはこんなに頼れる友達がいるなんて……ズルいなぁ。なんで君ばっかり……うん、ズルいよね」


 氷の壁に捉われたままぶつぶつと呟き続けるガル。その視線はリオン達ではなくハルトにだけ向けられていた。


「僕の苦しみを……君にも教えてあげる」


 ゾワっとするほどの冷たい気配を放つガル。ガルが何かしようとしている。それがわかっているリオンだが、何をしようとしているのかがわからないせいで動けない。


 その時だった。遠くから誰かが近づいて来る気配にリオンは気付く。


「ようやく来たか」


 近づいて来るのは警備隊だとわかったリオンはふっと表情を緩める。


「……もう時間切れか。ホント僕ってダメだなー。今日の所は見逃してあげる。でも……次に会ったら、必ず殺す」

「ガル君……」

「お主、この状況から逃げられるつもりか?」

「私の氷の壁からは逃げ出せないよ」

「私だって悪い人逃がす気は無いよ」


 リオン、フブキ、アキラに囲まれ周囲には多くの人もいる。この状態で逃げられるはずがなかった。しかしそれでもガルに焦るような様子はない。


「君達に囲まれてる。逃げ場はない。そんなの別に恐れるようなことじゃない。それに……逃げる手段ならあるよ」

「え?」

「なんじゃと?」

「これは……まずい! 皆伏せて!」


 ガルのしようとしていることに気付いたアキラが叫ぶ。その直後だった。ガルが右腕に付与した炎を爆発させる。その威力はフブキの氷の壁を壊し、周囲の地面を破壊するほどだった。巻き上がる土煙が視界を奪う。


「くぅ、主様無事か!」

「だ、大丈夫!」


 この隙にハルトが狙われるのではないかと心配したリオンが叫ぶがそれは杞憂に終わった。土煙が晴れた時、そこにガルの姿は無かったから。


「逃げたか……まさか逃げれるとは」


 ガルがいたであろう場所を睨みつけるリオン。ハルトもまたガルのいた場所をジッと見つめ続けるのだった。

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