第72話 決着の一撃

 その瞬間のことをガイアドラゴンは理解できていなかった。

 ガイアドラゴンはリリアのことを押しつぶそうと、全力で突進した。その突進をリリアは避けようとはせず、不敵な笑みを浮かべたままその突進を受け止めた。そして僅かな拮抗の後、ガイアドラゴンは投げ飛ばされていた。地面に叩きつけられる前に翼で空中に飛び上がったガイアドラゴン。空中ならば人間であるリリアに手出しはできまいと高く飛び上がる。そしてリリアの方に視線を向けたが、そこにリリアはいなかった。だがガイアドラゴンはすぐにリリアの姿を見つけることになる。リリアが目の前に現れたことによって。


「あなたが飛ぶなら、私は跳ぶ。空中にいれるのはあなただけじゃないってことを教えてあげる」


 とっさに攻撃に移ろうとするガイアドラゴンだが、それよりもリリアの方が速かった。ガイアドラゴンの顔に蹴りを叩き込み、地面に叩き落とすリリア。そしてすかさず追撃を仕掛ける。その速さにガイアドラゴンは全くついていけなかった。今までとは桁違いの速さと力でリリアはガイアドラゴンを圧倒していた。

 状況は完全にリリアの優位に傾いている。しかしリリアには全く余裕はなかった。むしろその顔に浮かべていたのは焦りの表情。リリアにはすぐに決着をつけなければいけない理由があった。


(『姉力』の消耗が思った以上に早すぎる。このままじゃ後三分ももたない)


 リリアの力が急上昇した理由。そして『姉力』の消耗が激しくなった理由。それは【弟想姉念】を使った結果だった。この技はリリアの全ての力を上昇させる。ガイアドラゴンの突進にも耐えれるだけの耐久力。そしてその巨体を投げ飛ばす力。空中に浮かぶガイアドラゴンに一瞬で近づく速さ。今のリリアはA級の魔物を圧倒できるだけの力を有している。しかし、その代価として『姉力』を他の技とは比べ物にならないほどに消費するのだ。

 リリアの持っている『姉力』を湯舟にたまった水と例えるならば、【姉眼】や【姉弾】は湯舟にたまった水をバケツで汲み取って使っているようなものだ。バケツの大きさが変われば水の減る量も変わる。しかし、【弟想姉念】はそんなレベルではない。湯船の底に穴が空いて常に水が漏れている状態。何もしていなくても減っていくのだ。

 今のままではリリアは数分の内に『姉力』が枯渇し、戦えなくなってしまう。だからこそリリアは決着を急いでいた。

 【弟想姉念】を使わなければガイアドラゴンの耐久は削り切れないと、リリアはそう判断したのだ。

 縦横無尽に駆け回り、ガイアドラゴンに着実にダメージを与えて行くリリア。対するガイアドラゴンは有り余る魔力にものを言わせてリリアから受けたダメージを無理やり回復させていた。


「私はあなたを超える。もっともっと先へ行くために!」

「ルアァアアアアアアッッ!!」


 リリアは勝利するために想いを叫ぶ。対するガイアドラゴンも、自らの誇りにかけてリリアのことを倒すために攻撃に転じる決意をする。これまでの時間で少しずつではあるがガイアドラゴンは自身の魔力を掌握しつつあった。ガイアドラゴンはリリアに攻撃されることをいとわずに、空へと飛びあがった。追いすがろうとするリリアを魔力の塊を飛ばして牽制する。


「くっ!」


 リリアの今の力がずっと続くものではないことにガイアドラゴンは気付いていた。もしこのまま空を飛び続ければ、リリアはやがて力を枯渇させる。そうなればガイアドラゴンの勝ちは揺るぎない。しかし、それをガイアドラゴンは良しとしなかった。

 全力を出したリリアに勝利する。それこそが雪辱を晴らし、さらなる力を手にする糧になると確信していたから。

 先へ進むために、さらなる力を手に入れるために。リリアもガイアドラゴンも求めているものは同じだった。

 ゆえに、ガイアドラゴンは最大最強の力で決着をつけることを決意する。リリアの攻撃を受けながらも、体内で練り上げ続けた魔力。それをすべて注ぎ込み、ブレスを放つ。そこに込められた魔力はガイアドラゴンに進化した直後に放ったものよりもさらに強い。

 そしてリリアもまた決断を迫られる。逃げるか、立ち向かうのか。【姉眼】を発動しているからこそわかる。ガイアドラゴンの放とうとしているブレスの強大さに。【姉障壁】で耐えきれるかどうかもわからない。逃げ出すのが正しい選択だと頭は理解していた。迫る死の恐怖に体が震えないといえば嘘になる。それでもリリアは逃げる選択をしなかった。


(ハル君……私に立ち向かう勇気をちょうだい)


 脳裏でハルトのことを思い出し、生きて帰る。再び会うのだと想いを燃え上がらせるリリア。その想いが【弟想姉念】の効果をさらに上昇させる。

 自身もまた最大の一撃で迎え撃つことを決めたリリアは拳を構える。

 高まり続けるガイアドラゴンの魔力とリリアの『姉力』がぶつかり合い。空気が軋む。大地が震える。

 先に動いたのはガイアドラゴンだった。


「ルァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」


 ガイアドラゴンの口から放たれるブレス。それは先ほどのものよりも細かった。しかしそれは魔力が収斂されている証明だ。威力も貫通力も上なのは【姉眼】を通して見なくてもわかった。

 カッと目を見開いたリリアは大地を蹴って飛び上がり、一直線にガイアドラゴンへと空を駆ける。


「はぁああああああああああっっ!!」


 ブレスとリリアの拳が激突する。その瞬間、熱と衝撃がリリアを襲う。【姉障壁】によって体全体、そして拳を包んでいるからこそ耐えることができている。もしそうでなければ一瞬でリリアの体は蒸発していただろう。今もブレスを受け止めている拳に伝わる熱でリリアの拳は焼け焦げている。

 熱さと痛みに顔をしかめながらもリリアは引かない。


「こんな所で負けるわけには……いかないの!!」


 リリアは残りの力全てを振り絞り、ジリジリとブレスを押し返す。それを見たガイアドラゴンはさらに魔力を込めるが、それでもリリアは止まらない。

 ゴキリと腕が折れる音がした。右腕はすでに火傷というレベルを超えて焼け焦げている。

 しかし、それでもリリアは止まらない。前に、前に。ガイアドラゴンの元へと進み続ける。


「あぁあああああああああああっ!」


 最後の気力でリリアはブレスを押し返す。そしてリリアは死のブレスを耐えきった。その先にいるのは、無防備になったガイアドラゴンの姿。


「【姉弾——】」


 そしてリリアは砲声する。


「【一角獣】!!」


 リリアの持てる最大最強の一撃。それがガイアドラゴンの体に直撃し、そして貫通した。

 明らかな致命傷。胸を貫かれたガイアドラゴンは空を飛ぶ力を失いゆっくりと地に堕ちて行く。


「かっ……た……」


 しかし、力を失ったのはリリアも同じだった。リリアもまたゆっくりと地に堕ちて行く。『姉力』も使い切り、魔力も空の今のリリアはただの人間。もしこのまま落ちれば肉塊になってしまうだろう。だが、リリアにはもうどうすることもできない。

 地に堕ちて行くまま、リリアは意識を失った。

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