第71話 【弟想姉念】

 今のリリアに遠距離攻撃をする手段はほとんどない。いくつか持ってはいるものの、ガイアドラゴンに有効であるかどうかは不明なため現状きれる手札ではなかった。


(距離を詰めて叩く。ガイアドラゴンがあの膨大な魔力を掌握しきる前に)


 走って距離を詰めようとするリリア。しかし、そんなリリアの考えはガイアドラゴンにも筒抜けだ。だからこそガイアドラゴンはリリアを近づかせまいと波状攻撃をしかける。


「ちっ、面倒な」


 自分の身を守ることに必死なガイアドラゴンの攻撃に、リリアは思わず舌打ちをする。近づけないという現状はリリアにとっては面倒で仕方なかった。時間がかかればかかるほどに現状のリリアが持っている優位性は失われていく。


「ガイアドラゴンの動きが少しずつ速くなってる。進化して得た力を少しずつものにし始めてる。それを黙って見ててあげるほど、私はお人好しじゃない!」


 もう一度ガイアドラゴンに向かって駆け出したリリアは今度はあえてガイアドラゴンの攻撃に身を晒す。下からは土塊、上からは尻尾。銃弾のように降り注ぐ尻尾の攻撃をリリアは【姉障壁】を極小展開して弾き続ける。全てを弾くことは不可能だ。だからこそ最小限のダメージでいけるように、リリアは【姉眼】を全力発動する。情報量が多すぎて脳が焼き切れそうになるのを歯を食いしばって耐え、少しずつガイアドラゴンへと近づいていく。


(上下右右下下左、右右上下……あぁもう! ちょこまかと鬱陶しい!)


 苛立って一気に駆け抜けたくリリアだが、そんなことをすれば大怪我は避けられない。無事に抜け切れたとしてもそんな状態で戦えるはずがないのだ。


(同じ場所にとどまり続けちゃダメ。そんなことをしたら一瞬で餌食になる。避ける動作は最小限に……多少の傷は受け入れる)


 スッとリリアの顔面すれすれをガイアドラゴンの尻尾が通り抜ける。一歩間違えば即死。極限の命のやり取り。そんなギリギリの状況に身を置いていることがリリアの体を燃えがらせる。


(あぁ、認めるしかない。私は……この状況を楽しんでいる。きっとこのガイアドラゴンに勝った時、私はさらに先へ進める! ハルトの姉としてもっと相応しい存在になれる!)


【姉障壁】を左右の掌に展開し二本ある尻尾のうちの一つを掴み取る。それを見たガイアドラゴンはリリアの行動を嘲笑う。なぜなら、尻尾は二本あるからだ。たとえ一本を止めることに成功したところで、二本目は止められない。むしろリリアは尻尾を掴むことで自らを危険に晒したのだ。

勝った! そうガイアドラゴンは確信し、もう一つの尻尾を突き刺そうと振り上げる。しかし、次の瞬間ガイアドラゴンは驚愕に目を見開く。それは、ガイアドラゴン自身の体が突然浮き上がったからだ。


「お、りゃぁあああああああああああっっ!」


 自分の十何倍もあろうかという巨体をリリアは投げ飛ばす。突然のことにガイアドラゴンは反応できずに地面に叩きつけられてしまう。すぐに起き上がったガイアドラゴンだが、その脳内は驚きに満ちていた。自分よりもはるかに小さな人間、それがなぜ自分のことを投げ飛ばせるのかと。

 今のガイアドラゴンには、小さなリリアの体がカイザーコングと同じように見えていた。


「はぁはぁ……一本背負いってわけじゃないけど……できた」


 ドクンドクンと脈打つ心臓を抑えるリリア。心臓が早鐘を打つたびに、体の奥底から『姉力』が湧き上がる。暴走しそうになる『姉力』をリリアは無理やり抑えつける。


「……ふぅ……良い感じに体が温まった。今ならいける気がする」


 目を閉じ、集中し始めるリリア。

 起き上がったガイアドラゴンは、怒りのままに突進する。しかしリリアはその突進を避けようとしない。その余裕ともとれる態度がガイアドラゴンの怒りの炎に油を注ぐ。

 もしぶつかればリリアの小さな体など一瞬でひき肉になってしまう。それでもリリアは迫るガイアドラゴンに視線を向けることなく、全く別のことに想いを馳せていた。

 それは、この場にはいないハルトのことだ。リリアの意識だけが、今は近くにいないハルトのことを想起する。


(あぁもう何日もハル君に会ってない。あの体を抱きしめてない、あの匂いを嗅いでない。疲れの全てを癒してくれるような笑顔を見てない。魂を振るわせてくれるような声を聞いてない。会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい会いたいっっ!! 私は、今、すぐにでも、ハル君に会いたいっっ!! そのためには……お前が邪魔だガイアドラゴン)


 この森に来てから抑え続けてきたハルトへの想い。それがいま、この瞬間に爆発する。

 カッとリリアが目を開いた瞬間、それまでとは比べ物にならないほどの『姉力』がリリアの体から溢れ出る。


「はぁああああああああああっっ!!」


 轟音と共にリリアとガイアドラゴンがぶつかる。しかし、ガイアドラゴンの想像に反してリリアを押しつぶすことはできなかった。

 リリアはガイアドラゴンの突進を真っ向から受け止めていた。子供と大人、ネズミとライオンほどの体格差があるというにも関わらず、リリアは一歩も引くことなく受け止めていた。

 これこそがリリアの奥の手。【姉弾】と共に手にしたもう一つの力。


「【弟想姉念】……さぁ、この戦いに終止符をうちましょう」

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