第68話 再戦、アースドラゴン 中編

『始まったようだな』


 遠くで鳴り響き始めた轟音を聞き、リリアとアースドラゴンが戦い始めたことを悟るユニコーン。

 ユニコーンとタマナは、リリアが戦っている場所から遠く離れた場所にいた。


『あの人間が心配なのか?』

「……はい。正直今すぐにでも駆け付けたいくらいです」

『しかしそれをあの人間は望んでいないぞ? それに、あまり言いたくはないが、タマナが言った程度で何かが変わるということもあるまい』


 リリアが戦い始めたと聞いて、不安を隠せないタマナ。本当に今にも駆けだしてしまいそうなタマナを止めるために、ユニコーンはあえてキツイ言葉をタマナに投げかける。

 そしてもちろんユニコーンの言ったことはタマナも当然理解している。たとえタマナが行っても、戦況は何も変わらない。むしろ足手まといになって、リリアに危機を招く可能性もある。


「わかってます。わかってるんです。そんなことは。私は……弱いですから」


 《巫女》であるタマナに戦う強さというものが必要かと問われれば、普通であれば必要はないだろう。そもそも《巫女》が戦うようなことなどほとんどないのだから。

 しかしタマナのおかれている環境は他の《巫女》とは違う。《勇者》の姉であるリリアの世話係。そしてそのリリアは常に闘争の中に身を置いている。目を離せばすぐに戦いに行ってしまうのだ。


(あの人は……リリアさんは、何かを恐れるように強さを求め続けている。きっとそれはこれからも変わらない)


 きっとリリアはこれからも強さを求めて先へ進め続けるとタマナはある種の確信のようなものを持っている。その時、タマナはただ見ていることしかできないのか。傷つくリリアを見ていることしかできないのか。そんなのは耐えられない。

 リリアは強さを求める。ならばタマナも強くなるしかないのだ。


「ハルト君を、弟を守りたいっていうリリアさんの気持ちがちょっとだけわかったような気がします。私はまだまだ弱いから……だから私、強くなりたいです。もっともっと、リリアさんに追いつけるように」

『……そうか』

「でも……今はまだ無理だから。何もできないから。今は……リリアさんを信じます」


 不安を、心配する気持ちを押し殺しタマナはリリアのいる方向を真っすぐに見つめる。


「リリアさんはアースドラゴンなんかに負けたりしません。私はそう信じてます」


 そしてタマナは心の中からエールを飛ばすのだった。





□■□■□■□■□■□■□■□■□


 その頃、リリアの戦いは苛烈を極めていた。巨大な体を生かした突進、速度と威力を兼ね備えた尻尾の攻撃、そして距離を取ればブレス。そして何よりもやはり、鋼にも勝る絶対防御の肉体。それによって防御を気にする必要のないアースドラゴンはただ攻撃にのみ集中するだけでいい。攻撃に百パーセントの力を注げるのだ。

 対するリリアはそういうわけにもいかない。どの攻撃でも一撃もらえば致命傷になりかねない。攻撃を避けつつ、あの肉体を貫くだけの攻撃をしなければいけない。どちらが有利で不利かなど言うまでもなかった。

 そんな普通であれば絶望ともいえる状況の中でリリアは不思議なほど冷静を保っていた。


(前までよりも体が軽い。それによく見える)


 常に動き続け、疲労する体とは裏腹にどんどん体が軽くなっていく感覚がするという不思議。動きは洗練され、少しずつ無駄が削られていく。

 対するアースドラゴンは、どれだけ攻撃を重ねても倒れないリリアに苛立ちを募らせていた。突進は避けられ、尻尾の攻撃は当たらず、ブレスは謎の壁のようなものに阻まれた。しかし、苛立ちを覚えながらもアースドラゴンにはある種の余裕があった。

 その余裕はこの肉体を人間如きが貫くことはできないという自信に由来するもの。今までアースドラゴンに挑んできた人間は多くいる。しかし、誰一人としてアースドラゴンの肉体に傷をつけれたものはいなかった。岩をも砕くと力に自身を持っていた巨漢、何でも斬れると豪語していた剣士、魔法を使えば誰にも負けないと言っていた女。その全てをアースドラゴンは薙ぎ払った。自分の絶対が通用しなかった時の絶望に満ちた表情。アースドラゴンはあの表情が何よりも好きだった。

 アースドラゴンにとってみれば、リリアもただ素早いだけだ。前回、逆鱗に触れられはしたがあれも隙をつかれてのこと。二度は無い。人間の体力が無限でないことを知っているアースドラゴンからすれば、いずれリリアには勝てる算段だった。

 アースドラゴンがそんなことを考えていると、避ける一方だったリリアが突然攻撃の姿勢に入った。リリアが『姉眼』を使えば魔力の流れを視ることができるのと同じように、アースドラゴンは似たような目を生来持っていた。だからこそリリアが攻撃に転じようとしているのがわかる。

 そしてその力の流れは、以前に見た人間と同じものだった。力に自信があると、拳を強化し殴って来た人間。当然のことながらアースドラゴンの体には傷一つつかず、その拳は砕かれた。

 それを知っているアースドラゴンはあえて攻撃を止めて、リリアの攻撃を受けることを決めた。リリアに力の差を、絶望を教えるために。


「その油断が……命取りになるってことを。教えてあげる」


 アースドラゴンが攻撃を止めたのを見て、その考えを悟ったリリアが小さく呟く。

 もちろんそんな人間の戯言などアースドラゴンは歯牙にもかけないが。


「——————ふっ!」


 駆け出し、アースドラゴンの懐に飛び込んだリリアはその腹に向けて拳を突き出す。


「——【姉弾・穿】!」


 リリアの全力の一撃がアースドラゴンの肉体に叩き込まれる。

 その直後だった。感じたことのない衝撃と痛みがアースドラゴンの体に走り、森の中に轟くような叫び声が響き渡った。

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