第63話 歪な師弟関係
食事が終わったリリアはさっそく特訓へと取り掛かろうとしていた。
「そういえば、特訓ってどんなことするんですか?」
「そうですね……まだ何も考えてません」
「えぇ!?」
「それもこれから考えるです」
『ふん、悠長なことだな。あれだけの啖呵を切っておきながら全くの策なしとは笑わせる』
「……どうでもいいけど、あなたはいつまでここにいる気?」
『そんなことは私の勝手だろう。貴様にとやかく言われることではない』
「まぁいいけど。でもどうせいるなら訓練手伝ってよ」
『お断りだ。私が人間のために動くと思うな』
「はぁ、だと思ったけど。まぁ別に期待してなかったけど」
『なんだその言い草は。そこはひれ伏して「ユニコーン様お願いします私の特訓を手伝ってください」という所だろ!』
「んなことするかっ! ってタマナさんなにしようとしてるんですか!」
「え、いやだってそれでユニコーンさんがリリアさんの特訓に付き合ってくれるなら私の頭を下げるくらい安いものですし」
「だからってタマナさんがこいつに頭を下げる必要はありませんから! それにこいつどうせ言うだけで実際に頭を下げても特訓手伝ってくれる気ないですよ」
『そ、そんなことはないぞ。生意気なお前に頭を下げさせたかっただけとかそんなことはまったくない』
ツツーっと視線を逸らしながら言うユニコーン。本音ではどう思っているのか丸わかりな反応だった。
「ほら、だから言ったじゃないですか」
「え、そんなことないですよね。ユニコーンさん口はちょっと悪いかもですけど……ホントは優しいですもんね。もしユニコーンさんがリリアさんの特訓の手助けをしてくれるなら、それはきっと何よりも経験値になると思いますから」
『うぐっ』
タマナに真っすぐな綺麗な瞳で見つめられたユニコーンは思わずたじろぐ。タマナが本気で言っていることがわかるからこそ、ユニコーンは返答に困ってしまった。
本音を言ってしまえばリリアのことなど助けたくはない。特訓の手助けをするつもりなど毛頭無かった。しかしお気に入りであるタマナの願いを無下にはできない。
『ま、まぁそうだな。この私が特訓の手助けをすれば貴様の生存確率を上げることなど容易い』
「ですよね! だから……お願いできませんか?」
『うっ……し、仕方がないな。タマナの願いとあっては私も無下にはできない。そこの人間がどうしてもというのであれば手伝おう』
「ですって、リリアさん!」
「え!?」
まさかこのタイミングで話を振られると思っていなかったリリアはたじろいでしまう。ユニコーンに頼み事をするということは頭を下げるということ。はっきり言えばリリアはユニコーンのことが好きではない。そんなユニコーンに頼みごとをするのは屈辱でしかない。
(あいつに頭を下げる。そんなの絶対に嫌だけど。嫌だけど……)
「まさか、嫌だなんて言いませんよねリリアさん」
「そ、それは……」
「ユニコーンさんが教えてくれるって言ってるのに、私的な感情で断ったり……しませんよね?」
それはそれは綺麗な笑顔でリリアに詰め寄るタマナ。笑顔だというのにどこか凄みを感じてしまってリリアは何も言い返せない。
「リリアさんがカイザーコングと戦っている時、私がどれだけ心配したかわかりますか? そしてまたアースドラゴンと戦うことになって、どれだけ心配してるかわかりますか? リリアさんがアースドラゴンに勝つために特訓するっていうなら、できることは全部するべきです」
タマナの真剣なその瞳の奥にあるのはリリアのことを心配する気持ちだ。そして何よりタマナの言うことは正論だった。
リリアが一人で特訓するよりも、ユニコーンと共に特訓した方が良いことは明白だ。S級の魔物であるユニコーンの教えを受けることができる機会など一生に一度あるかないかなのだから。
「……タマナさんの言う通りですね。できる最善を尽くさないで私がアースドラゴンに勝てるはずもありません」
決心したリリアはユニコーンと向き合う。お互いにすごく嫌そうな表情をして、目を合わせることもしない。ちらりと視線を動かせばタマナが促すようにリリアのことを見ている。しばらくの沈黙の後、リリアはゆっくりと頭を下げる。
「えっと……お願いします。私にアースドラゴンとの戦い方を教えてください」
『……ふん、まぁしょうがないな。タマナたっての願いだ。特別に、特別に貴様に魔物との戦い方というものを教えてやらんでもない』
仕方なく、といった様子ではあったが了承するユニコーン。こうしてここに、お互いを嫌い合っている歪な師弟関係ができあがったのだった。
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地中奥深く、そこにアースドラゴンの住処はあった。アースドラゴン以外の誰も見つけることすら難しいだろう。
そんなアースドラゴンの住処に、ゴリ、ゴリ、ムシャ、バキンッと咀嚼する音だけが響く。それはアースドラゴンがカイザーコングを捕食する音だった。肉だけではない、その骨までも食らってアースドラゴンは力の回復、そして成長を図っていた。
カイザーコングを捕食しながら思い出すのは、己の逆鱗に触れた人間の姿。払っても払ってもまとわりつき、弱点である逆鱗に触れられた。
その時のことを思い出しただけで骨を噛む顎に力がこもってしまう。
「グルルルルゥ……」
矮小な、ただの餌でしかないはずの人間に傷を負わされるという屈辱。それは、どんな傷よりも深くアースドラゴンの心に刻まれていた。
許さない……許さない許さない許さない。アースドラゴンの心に満ちる怒り。ドラゴン種は、己の逆鱗に触れたものを決して許さない。
たとえ地中深くに潜っていたとしても、アースドラゴンの優れた鼻はリリアの匂いを捉えていた。たとえどこにいても地の果てまでも追いかけるつもりではいたのだが。
あの人間は逃げていない。その事実がさらにアースドラゴンの怒りの火に油を注ぐ。すなわち、侮られていると。お前は逃げるほどの相手ではないのだと。そう言外に告げられているようで。
しかしそれでえ飛び出すほどアースドラゴンは愚かではなかった。
あの人間に絶望を……それだけを願ってアースドラゴンはカイザーコングの血肉を食らい続けるのだった。
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