第64話 『姉力』を持つ者

 ユニコーンに訓練の手伝いをしてもらうことが決まったリリアは森の中にある少し開けた場所へとやって来ていた。この場にいるのはリリアとユニコーンだけ。タマナは訓練の邪魔になってはいけないからと来ていない。つまり、リリアとユニコーンの間を取り持つ存在がいないということだ。

 そうなれば当然のことならが、リリアとユニコーンの間に流れる雰囲気は最悪に近かった。


『全く……なぜこの私が人間の特訓の手伝いなどを……はぁ』


 リリアに聞こえるように呟き、あからさまなため息を吐くユニコーン。リリアはこめかみがひくつきそうになるのに耐えながら、ユニコーンに声を掛けた。こんなことで怒っていては何度怒ればいいのかわからないからだ。


「それで、特訓って何すればいいの?」

『全く、さっそく私に頼るのか? これだから人間は。少しは自分で考える知能というものがないのか』

「~~~~~~っ、この……」


 さらに怒りの感情が吹き出そうになるリリアだが、自分で自分の腕を抓って耐える。


「それはそれはどーもすいませんね。さっそく頼ろうとして悪かったです。じゃあしばらく一人でやってるので、何かあったら言ってください。これでいいですか」

『はぁ? ふざけるな。この私に貴様が一人でする無意味な訓練を見せるつもりか? それは時間の無駄というものだ。時は金なりという言葉を知らんのか? 知らんようだな。そんな滑稽な提案ができるくらいなのだから』

「じゃあどうしろって言うのよ!」


 耐えろ耐えろと自分に言い聞かせ続けるリリアだったが、悲しいかなリリアの煽り耐性は子供のように低かった。怒りに震えるリリアはとうとう耐え切れずに声を荒げてしまう。せめて第三者がいればリリアももう少し自制できたのだろうが、この場にはリリアとユニコーン以外誰もいない。


『はぁ……しょうがないな。このまま無為に過ごすのも癪だし。何より気に入った処女……じゃなく、タマナの願いを叶えないというのも私の主義に反する人間、そこに立て』

「そこ?」

『そこと言ったらそこだ。木の前に立てと言っているのだ』

「わかったわよ」


 ユニコーンに言われるがままに木の前に立つリリア。するとユニコーンは木に向かって何かを飛ばす。


『貴様の戦い方は徒手空拳だな?』

「まぁ、持ってきた剣も折れちゃったし……そうなるけど」

『そこの木を殴ってみろ。全力で、だ』

「?」

『いいからやれ』


 ユニコーンに言われるがままにリリアは木を殴る。全力で、というからには魔力も込みなのだろうと全身を魔力で強化して容赦なく殴った。

 しかしその結果は、


「いっっっったぁあああああっ!」


 殴ったリリアの拳の方にダメージが返って来るという悲惨なものだった。普通に、魔力を纏わずに殴ってこの結果ならばリリアも納得しただろう。しかし魔力を込めたならば今のリリアであれば木ぐらい折れる。もしくは折れるところまではいかずとも、傷をつけ揺らすことぐらいはできるはずだった。

 だがリリアの目の前にあるその木は折れもせず、揺れもせず、傷一つすらつけることができなかった。ありえない強度である。


「どうなってんのよ……」

『あははははっ! 不用心に殴るからそううことになるのだ』

「この、お前が殴れって言ったんでしょ!」

『ふん、その時点で何かあると思えこの馬鹿め、大馬鹿め。端的に教えてやろう。今貴様の目の前にあるその木の強度は、アースドラゴンの外殻に匹敵する。私がそうなるように強化したからな』

「アースドラゴンの外殻に?」

『つまり、その木を倒せない、傷をつけれないということはアースドラゴンに傷をつけることができないことと同義。そう心得ろ』

「これが……アースドラゴンと同じ」

『この二日間の間にその木を倒せなければ、それすなわちアースドラゴンを倒せないということだ。その木はただの木じゃない。お前の乗り越える壁そのものだ』


 ユニコーンのその言葉で、リリアは目の前にある木が突然大きな壁になったかのような錯覚を覚えた。しかしそれは錯覚のようで錯覚ではない。事実、その木はリリアにとって壁そのものなのだから。


『しかし貴様……全力を出せと言ったのに出さなかったな?』

「どういうこと? 全力で殴ったけど」

『貴様の持つ力……魔力だけではないな。もう一つだ。もう一つある』

「よくわかったわね」

『ふん、私を舐めるな。そのぐらいわかる。しかもその力……覚えがあるぞ『姉力』だな』

「っ! 知ってるの!?」

『昔、その力を持つ者と出会ったことがある。良き処女であったが……く、思い出しても腹が立つ。貴様をみているとあいつと被る。喋り方も見た目もその強さも何もかも違うのに。あぁ腹が立つ』

「昔って……どれくらい昔なの?」

『さぁな。時間などいちいち気にしてられるか』

「さっき時は金なりって言ったのはどの口よ」

『まぁ人間にすればかなり昔の話。どのみちもう生きてはいないだろう』

「……そう」


 自分と同じ『姉力』を持つ者の存在。話を聞けるかもしれないと一瞬淡い期待を抱いたリリアだったが、生きてはいないというユニコーンの言葉にさすがに落胆を隠せない。


『しかし、今の世にも貴様意外にその力を持つ者はいるぞ』

「……えぇ?!」

『知らなかったのか? まぁ、あいつらは表に出るわけではないからな。それに数も多いわけではない』

「そんな……まさか、私と同じ力を持つ人がいるなんて」


 世の中に自分だけかもしれない、そう思っていたリリアにとってユニコーンの言葉は衝撃の塊だった。そして同時に湧いてきたのは自分だけではなかったのだという安堵感。

 そうなれば気になるのはその人達の所在だ。


「その人達はどこにいるの?」

『さぁな。知らん』

「知らんって……せめて少しだけでも」

『知らんものは知らん。どこにでもいるし、どこにもいない。あいつらはそういう存在だ』

「?」

『まぁわからんだろうな。そして貴様が知る必要も、私が話す義務もない。今大事なのは貴様が『姉力』を持っているということだ。他のことに気を取られている余裕があると思うな』

「……そうね、その通りだわ。でも後でちゃんと教えてもらうから」

『その後があればいいがな』


 自分以外の『姉力』を持つ者の存在。気になって仕方ないその新たな事実を一端胸にしまい、リリアは対アースドラゴンの訓練を開始するのだった。



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