第62話 猶予期間

「えぇ!? アースドラゴンがリリアさんの匂いを覚えちゃったから帰れないんですか!?」


 水を汲んで戻ってきたタマナにユニコーンから告げられた事実を伝えるリリア。驚いたタマナは汲んできた水を思わず落としそうになる。すんでのところでリリアが拾ったため、水は無事だったがタマナはそんなことも気にせずにリリアに詰め寄る。


「ど、どうするんですか! アースドラゴンはもういなくなっちゃいましたし……逃げても匂いを追って来るかもしれないなんて……」

「どうもこうもないですよ。戦って勝つ。それしかないです」

「でも、でもでも勝算はあるんですか?」

「それは……」

『ないな』


 タマナが戻って来てからずっと黙っていたユニコーンがそこで口を挟んでくる。


『この人間がアースドラゴンに勝てる可能性はゼロに等しい。手負いのカイザーコングに勝利したことで調子に乗っているのかもしれないが、あいつの硬さは私達でも手を焼くほど。人間である貴様に打ち破れるとは到底思えん。カイザーコングを沈めたあの一撃ならば傷をつけることはできるかもしれんが、それでもまだ足りない』

「…………」

「そんな……」

『さらに絶望的な情報を教えてやろう。あのアースドラゴンはカイザーコングの死体を持ち帰った。これがどういう意味かわかるか?』

「……なるほど、それは最悪な情報をありがとう」

「え? どういうことですか?」

「魔物の捕食行動……これが何を意味するかわかりますか?」

「えっと……美味しいご飯?」

『ふふ、確かにそうだな。しかし魔物が魔物を食すというのは人間が食事をする以上に大きな意味があるのだ』

「魔物の捕食行動は……一番簡単な強化の道なんですよ」

「強化……ですか?」

『魔物は魔物を食らうことで能力を強化できる。それを積み重ねればやがて進化へと至る。それが人間と魔物の大きな違いの一つだ。そして……今回アースドラゴンが手にしたのはカイザーコング。同格の魔物の血肉だ。それが奴の肉体にもたらす影響は計り知れない』

「つまり……あのアースドラゴンがもっともっと強くなるってことですか」

『そういうことだ。あのカイザーコングを手に入れたのだ。どれほど強くなるか……想像もできないな』


 それはまさしくリリア達にとって絶望的な情報だった。ただでさえ勝てるかどうかわからないアースドラゴン。それがさらに強くなるというのだから。

 リリアが新たな高みに至ったとしても、アースドラゴンはさらにその先に行こうというのだ。


『A級ならば戦える、などと思い上がる人間は多くいる。貴様もその口だろう。だがその末路は往々にして決まっている。魔物に食われ、無残に散る。それが愚かな人間というものだ』


 確かにリリアはアースドラゴン、カイザーコングと出会うまでA級の魔物というものを侮っていた。B級のミノタウロスに完勝できたから、A級の魔物と戦うこともできるかもしれないと。しかしそれが間違った自信であったことはアースドラゴンと出会い、カイザーコングと戦って痛いほど理解していた。

 そういう点で言えばリリアもまたユニコーンの言う『愚かな人間』なのだろう。


「ふふ」

『何を笑っている。あまりにも絶望的な状況過ぎて気でも触れたか?』

「そんなわけないでしょ」

『ならばなぜ笑う』

「つまり、このアースドラゴンに勝てれば……私はまた一歩先に行ける。あの頂へ……また一歩近づける。そういうことでしょ?」

『まさか貴様……勝つつもりなのか? それは無理だ。勇気を蛮勇をはき違えた行為だ』

「無理、無謀、無茶……そんなこと私には関係ない。私の前に壁が立ち塞がるっていうなら、その壁を壊して私は先へと進みたい。それがきっと私の目的を果たす一番の近道になると信じているから」


 まぎれもない本気。たとえどれほど無茶と言われようが、大人しく諦めてやるつもりなどリリアには毛頭なかった。カイザーコングと戦った時も、それが勝利へと導いたのだから。

 そしてなによりそれは、ハルトの姉として相応しくないとそう思ったから。

 どこまでも真剣なリリアの瞳を見てユニコーンは何を思ったのか、やがてため息と共に呟いた。


『二日だ』

「え?」

『アースドラゴンがカイザーコングを捕食し、その力を体になじませるまでにかかる時間だ。もし貴様がアースドラゴンに勝ちたいというのであれば、この二日の間になんとかすることだな。言っておくが、今のままでは万に一つも勝ち目はないぞ』

「二日……ね。それだけあれば可能性くらいは切り開いてみせるわ」

『ふん、生意気なことを言うな。どうせすぐに挫折する』

「パレードが三日後ですから……ギリギリですね」

「そうと決まれば特訓あるのみ……」


 気合いを入れてリリアが特訓を始めようとしたその瞬間、リリアのお腹が空腹を訴える。


「その前に、食事ですかね」

「そうですね」


 リリアのお腹の音を聞いてタマナは食事の準備を始める。幸いにして、というべきかリリア達の持ってきた荷物は無事だったのだ。


(私は負けない。負けられない。アースドラゴン……私はあなたを超えてみせる)


 アースドラゴンとの再戦まであと二日。リリアは森のどこかにいるアースドラゴンに向けて、心の中で宣戦布告するのだった。

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