第59話 決着、そして——

 それはさながら、天から落ちる流星のようであった。圧倒的破壊の力と共に落ちてきたリリアはカイザーコングと激しくぶつかり合った。

 刹那の静寂の後、激しい力のぶつかり合いが周囲の地形にまで影響を及ぼし始める。地面は抉れ、木は吹き飛び、あたりをすさまじい暴風が吹き荒れる。

 リリアとカイザーコングの戦いを見届けようと近くにいたタマナは耐え切れずに転んでしまったほどだ。

 しかしその中心地にいるリリアとカイザーコングにそんなことを気にしている余裕はない。ただ相手を倒す。考えているのはそのことだけだ。


(もっと……もっと力をっ!)


「はぁあああああああっっ!!」

「ウォオオオオオオオオッッ!!」


 より一層の『姉力』を込めるリリア。カイザーコングもまた押し返そうと力を込めるが、やがて趨勢はリリアへと傾き始めた。体勢が崩れ始め、押し込まれ始めるカイザーコング。それでもなんとか耐えようとするカイザーコングだったが、先に耐え切れなくなったのはカイザーコングの立っていた地面だった。

 ミシリ、という音と共にひび割れ始める地面。一度できた罅は連鎖するようにどんどん広がり、カイザーコングの足元の地面はバラバラと崩れてしまった。そのことによって完全にバランスを崩すカイザーコング。そしてそれはリリアにとってまたとないチャンスでもあった。


「これでっ、終わりだっ!」


 カイザーコングが体勢を立て直すよりも早く、リリアはカイザーコングの脳天に蹴りを叩き込んだ。リリアの全身全霊が込められた一撃、それは【姉破槌】よりもはるかに強い破壊力を持ってカイザーコングに襲い掛かった。


「グォオオオオオオオオオ————ッッ!!」


 天を衝かんばかりの咆哮。それがカイザーコングの最期の叫びだった。やがてカイザーコングの体はゆっくりと後方へ倒れ……そして、完全に動かなくなった。


「はぁ、はぁ……はぁ……うっ……」


 長いようで短かった戦い。カイザーコングに勝利したリリアだったが、その余韻に浸る間もなく膝から崩れ落ちる。

 それも無理からぬ話だ。そもそもリリアの体はとっくの昔に限界を迎えていたのだから。無理に動かせば反動が来るのは道理というものだ。


「でも……勝てた……」


 全身を激痛に苛まれながらも、喜びを表情に出すリリア。そんなリリアの元へ戦いの余波で吹き飛ばされていたタマナが駆け寄って来る。


「リリアさーん!! 大丈夫ですかーーーっ!!」


 崩れて不安定になっている足場に足を取られそうになりながらも必死に走って近づいて来るタマナ。


「あぁもう、こんなに無茶して。傷だらけじゃないですか!」

「は……はは、すいません」

「もういいですから。今はとにかく治療を——」


 慌ててリリアに【回復魔法】を使おうとするタマナ。しかしそう、カイザーコングに集中しすぎたあまり、二人は僅かな間失念してしまっていた。この場にはカイザーコングだけでなく、もう一体A級の魔物がいるということを。


「グルアァアアアアアアッッ!」


 咆哮と共に地面を揺らしながら突進してきたのは、不完全ではあるものの回復して動けるようになったアースドラゴンであった。


「っ! タマナさん!」

「きゃっ!」


 アースドラゴンの接近に気付いたリリアが間一髪という所でタマナを抱えてジャンプする。そのおかげでなんとか突進は避けられた二人だったが、リリアは今度こそ完全に動く力を失ってしまった。


「くっ……」


 アースドラゴンと睨み合う形となったリリアとタマナ。今のリリアでは戦うどころか、まともに動くことすらできないだろう。もしまた突進をされれば、今度こそその餌食になるしかない。焦燥するリリアの視線の先で、再び地面を踏みしめ突進の体勢になるアースドラゴン。

 その時だった。


「っっ!」

「ッッ!」


 ゾワッとリリアの背中を走る悪寒。それは背中に直接氷を突き刺されたかのような感覚だった。アースドラゴンも同じ気配を感じたのか、突進の体勢を止めて悪寒を感じた方向、空へと目を向けていた。

 同じようにおそるおそる空へと目を向けるリリア。その視線の先にいたのは、白く輝く体を持ち、その角は不老長寿の薬にもなると噂されている魔物。


「ユ……ユニコーン……」


 そこにいたのはS級の魔物であるユニコーンだった。

 睥睨するようにリリアとアースドラゴンに視線を向けるユニコーン。それだけでリリアもアースドラゴンも金縛りにあったかのように動けなくなる。それだけ圧倒的気配をユニコーンはその体から放っていた。

 しばらく周囲を見回していたユニコーンはゆっくりとその口を開いた。


『奇妙な力を感じて降りてきてみれば……私の森で何をやっている、人間』


 ゆっくりと空から降りてきながら問いかけてくる。

 アースドラゴンの存在を完全に無視してリリアとタマナにだけ視線を向けるユニコーン。その声はどこか女性的で、落ち着きを感じさせるものだった。魔物に話しかけられる、そんな経験をしたことがないリリアもタマナも予想外の事態に脳の処理が落ち着いていなかった。

 一方、邪魔をされる形となったアースドラゴンはユニコーンが意識の外に置かれたことで動けるようになる。そうなれば湧いて来るのは邪魔をされたことに対する怒りだ。


「グルオォオオオオオオッッ!!」

「「っ!」」

 怒りのままに咆哮しながら突進してくるアースドラゴン。ユニコーンに意識を向けていたリリアは完全に反応が遅れてしまう。


『うるさいぞ蜥蜴。邪魔をするな』


 静かに一喝するユニコーン。それだけでアースドラゴンの動きは完全に止まってしまった。


『私を怒らせる前に去れ』

「グルルルルゥ……」


 ユニコーンの言葉に本気を感じたアースドラゴンは低く唸りながらもゆっくりと後退していく。そして、カイザーコングの死体を持ってアースドラゴンはリリア達から離れていった。その去り際にアースドラゴンはリリア達に意味ありげな視線を向け、やがて完全に森の奥へと消え去った。


『ふん、これで邪魔者を気にせず話せるな……ん? おい、人間?』

「っ! リリアさんっ!」


 ユニコーンは首を傾げ、タマナが焦った声でリリアの名を呼ぶ。しかしリリアはそのどちらにも答えることができなかった。


(あ……まずい……)


 アースドラゴンが去ったことで緊張の糸が切れてしまったのか、それとも限界を迎えていた肉体のせいなのか。リリアは自分の意識が急速に落ちて行くのを感じていた。


(まだ……倒れるわけには……)


 しかし耐えようとしても耐えきれるようなものではなく。リリアの意識は闇へと落ちるのだった。

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