第58話 限界を超えた先で

 タマナの頭へ向けてカイザーコングの拳が振り下ろされる様を、リリアはただ見ていることしかできなかった。カイザーコングによって限界まで痛めつけられた体はリリアがどれほど動かそうとしても動かない。

 その先に待っているのはタマナの死だ。タマナにカイザーコングの一撃を避けるすべなどないのだから。今もタマナは必殺の一撃を前に、目をギュッと瞑って現実から目を逸らすことしかできていない。


(嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!!)


 リリアは心の中で叫ぶ。駄々をこねる子供のように、現実を否定する。タマナの姿とリリアの……宗司の姉であった月花の姿が被る。記憶の中の宗司が叫ぶ。これ以上自分の前で大切な人が死ぬのは嫌だと。姉のことを彷彿とさせるタマナの死を、宗司は否定した。

 リリアも同じだ。リリアにとってもタマナの存在はすでに大きくなっていた。優しい姉のようなタマナの存在に、リリアも癒されていたのだから。


((オレは……私は、そんな現実認めない!!))


 リリアと宗司の願いがかみ合ったその瞬間、カチリとピースのハマる感覚。それはまるで欠けていた何かを取り戻したようであった。

 それと同時、リリアの奥底から『姉力』が爆発的に溢れ出る。先ほどまで使っていた『姉力』とは比べ物にならないほどの量だ。

 それを感じ取るよりも早く、リリアは本能のままに左手をかざして叫ぶ。


「【姉障壁】!!」


 叫ぶと同時に、タマナの前に巨大な力の塊、壁が現れる。しかしそれに構うことなく拳を振り下ろすカイザーコング。ちんけな壁などで自分の拳は防げないという自負があっての行動だった。

 しかし、ガギンッ! と甲高い音を立ててカイザーコングの拳は弾かれた。タマナの命を刈り取るはずだった拳はタマナに触れることすらできなかったのだ。


「ッ!?」


 予想もしていなかった結果に、驚きの表情を浮かべたカイザーコングは少しの後に現実を理解し、憤怒に表情を歪める。そしてその怒りのままに二度、三度と拳を振るうが結果は変わらない。リリアの出した【姉障壁】はカイザーコングの攻撃をことごとく防いだ。

 一方、九死に一生を得たタマナはいつまでも衝撃がこないことを疑問に思い、おそるおそる目を開く。すると、眼前に広がっていたのは憤怒の形相でタマナに向かって拳を振り降ろし続けるカイザーコングの姿だった。


「はわぁっ?!」


 思わず腰を抜かすタマナ。しかし、カイザーコングの攻撃がタマナに届く気配は無い。


「……壁?」


 自分の目の前にある壁の存在に気付いたタマナ。カイザーコングの攻撃を弾き続けるその壁からはどこか温かい雰囲気がした。この場においてこんなことができるのは誰か、そんな人は一人しかいない。


「リリアさんっ!」


 ハッとタマナが振り返ると、そこには満身創痍でありながら左手をこちらに突き出して立っているリリアの姿があった。フラフラと、危ない足取りでありながらリリアはそれでも自分の力で立ち上がっていた。


「……リリア……さん?」


 そこにいるのはリリアのはずなのに、どこか違う。リリアであってリリアではない。仮にも神に仕える《巫女》としての直感なのか、タマナはそう感じていた。


「あなたは……下がっててください」

「下がっててって……もしかして、まだやるつもりですか!」

「大丈夫です」

「大丈夫って……どこがですか! 傷だらけで、右腕も……そんな状態で戦ったりしたら——」

「大丈夫ですから。今度こそ、本当の本当です。もう……私は負けません」


 その瞳は優し気ながら、確かな確信に満ちていた。リリアは本気で言っているのだ。もうカイザーコングには負けないと。

 そっとタマナを後ろに下がらせたリリアは【姉障壁】一枚を隔ててカイザーコングと対峙する。


「グルルルルゥ……」

「…………」


 リリアとカイザーコングの視線が交差する。リリアは口から流れる血を乱暴に服の袖で拭い、宣言した。


「これで決着にしましょう。私とあなたの戦いを」

「グラァアアアッッ!!」


 呼応するようにカイザーコングが叫んだ瞬間、間を隔てていた【姉障壁】が消滅する。

 壁がなくなった瞬間にカイザーコングはリリアに襲いかかる。先ほどと同じ、リリアに逃げる隙を与えない高速のラッシュだ。対するリリアは、それを避ける……のではなく、さらに自ら踏み込んだ。


「はぁあああああああっっ!!」


 今までは避ける一方だったカイザーコングの攻撃。その攻撃をリリアは真正面から受けることを選択した。リリアの拳とカイザーコングの拳がぶつかり合う。右腕の使えないリリアは左腕で、そして足でカイザーコングと打ち合う。

 満身創痍のリリアのなぜそんな真似ができるのか、わけがわからず一瞬混乱したカイザーコングだったが、自らの拳に伝わる感覚にリリアが何をしているのかに気付く。

ガキンッ、ガキンッと拳がぶつかるたびに甲高い音が鳴っているのだ。そう、リリアはカイザーコングの攻撃に合わせて【姉障壁】を小さく発動しているのだ。しかしそれは簡単なことではない。カイザーコングの攻撃の軌道を完全に読み切る必要があるのだから。それを可能にしているのはリリアの【姉眼】だ。この力がカイザーコングの攻撃の軌道を読むことを可能にしている。


(もっと……もっと速く。私はもっと先に、もっともっと先にいける!)


 リリアの体はすでにもう限界を超えている。至る所が悲鳴をあげ、理性の部分がもうやめろとがなり立てる。しかしリリアはそれを無視した。そこにあるのは強さへの欲求。このカイザーコングに勝利することで、さらに先の領域へと行けるとリリアは確信していた。


「————っあぁあああっ!!」


 防戦一方だったリリアがついに反撃に転じる。カイザーコングの怒涛の攻撃、その間隙をついてリリアは懐へと飛び込んだ。


「【姉破槌】!!」

「——ッッ!!」


 リリアの一撃がカイザーコングに突き刺さる。カイザーコングからすれば小さすぎるリリアの体。しかしその小さな体から想像もできないほどの衝撃がカイザーコングを襲う。背後に吹き飛んだカイザーコングに追撃を仕掛けるリリア。

 吹き飛ばされたカイザーコングも空中で体勢を立て直し、向かって来るリリアを視認する。


「ウォォオオオオオオッッ!!」


 人間の好きなようにさせてたまるかと吠えたカイザーコングはクルクルと回転し、木を蹴ってリリアへと飛ぶ。


「はぁっ!」

「——ッ!」


 空中でぶつかり合った二人はそのまま殴り合う。【姉障壁】が無ければリリアはすでにミンチになっているだろう。しかし戦いの中でリリアは【姉障壁】の弱点にも気付いていた。それは力の消費が激しすぎることだ。小さな壁を一枚展開するだけでもかなりの『姉力』を消費する。このまま攻めあぐねていてはやがて力尽きるのはリリアなのはわかりきっていた。


(【姉破槌】じゃ足りない。もっと威力の強い技がいる。このカイザーコングを一撃で沈めることができるほどの技が)


 余人が入り込むことができないほどの戦闘の中で、リリアの思考は不思議なほどに冷静だった。 多くの取捨選択をしていくなかで、リリアは一つの答えを出した。

 そしてリリアはカイザーコングの攻撃を避けると同時に、地を蹴って空へと飛びあがる。


「高く……もっと高く」


 【姉障壁】を足場にして、リリアは空を跳んだ。追いすがろうとするカイザーコングだが、飛ぶ方法を持たないカイザーコングは追いかけることができない。


「ウォオオオオオオッッ!!」


 逃げるなと言わんばかりに咆哮するカイザーコングだが、もちろんリリアに逃げるつもちなどない。

 やがて遙か高くへとたどり着いたリリアは、一呼吸を置いて持てる『姉力』を足へと集中させる。


「姉が本気を出せば山だって崩せる……だっけ。姉さんが昔言ってたっけ」


 前世において、月花が宗司に言った言葉。


 『宗司が望むなら私は山だって崩せるとも。なぜなら、私は宗司の姉だからな。本気を出せばそれくらい造作もない』


 不敵に笑ってそう言っていた月花。子供だった宗司は疑うこともなくその言葉を信じて目を輝かせていたが、魔法も何もない地球でそんなことができるはずがない。


「でも……もしかして姉さんならできたのかな? なんて」


 ふふっと、過去の記憶に一瞬だけ浸って笑うリリア。しかし次の瞬間には表情を引き締めて眼下のカイザーコングに視線を向ける。


「今は私が姉だから……だから、姉さんができるっていったことは、私だってできるはず。いや、やってみせる」


 力が溜まったことを確認したリリアは、足場にしていた【姉障壁】を消す。そうなれば飛べない人間の体は重力に従って地面へと落下していくだけだ。

 どんどんと加速しながら地面へと、カイザーコングへと向けて落ちていくリリア。


「これが私の必殺の一撃……【姉崩山】!!」


 対するカイザーコングも逃げなかった。自分に力への自負かそれとも誇りか。引くということをカイザーコングは選択しなかった。圧倒的破壊の力が込められたリリアの一撃を迎え撃つために力を溜めるカイザーコング。


「ウォオオオオオオオオッッ!!」


 そして、リリアとカイザーコングの必殺がぶつかり合った。

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