第57話 示される力の差

 『レイジモード』に入ったカイザーコングは、獰猛な目でリリアのことを睨みつける。対するリリアもまた。負けじとカイザーコングから目を逸らさない。

 純粋な能力で言えばリリアがカイザーコングに勝る所などない。速さ、力、頑丈さ。全てにおいて負けているのだから。しかしそれでもリリアはこうして立っている。否、立っているだけではなくカイザーコングに確かな傷を負わせることに成功している。

 自分よりもはるかに劣る弱者をなぜ葬ることができないのか。カイザーコングの胸中にあったのはそんなどうしようもない憤りだ。そんな憤りがカイザーコングを『レイジモード』へと導いた。

 今度こそ潰す。そんな意志と共にカイザーコングはリリアと相対していた。


「ウォォオオオオオオッッ!!」


 けたたましく吠えたカイザーコングはリリアに襲いかかる。それを予期していたリリアは必死に応戦する。やることはさっきと変わらない。カイザーコングの攻撃を避け続けて、カウンターを入れる。しかし今度は攻撃の速度が桁違いだった。


「くっ……」


 なんとか目で追い、避けるので精一杯でカウンターなど狙う隙もない。離れて形成を立て直そうとしても、退路を塞ぐようにカイザーコングは攻撃を繰り出し続ける。このままではリリアの力が尽きるのも時間の問題だった。


「このっ……舐めるなっ!」


 刻一刻と近づいて来る死を前に、リリアは反撃に出ることを決意する。思い切って踏み込んだリリアは、カイザーコングの腹に向けて拳を放つ。しかし、突き出した拳は空を切るだけで終わった。


「っ!?」


 一瞬、リリアはカイザーコングの姿を見失ってしまった。そしてその一瞬こそがこの勝負においては致命的な隙になる。

 カイザーコングは強化された脚力でリリアの背後へと移動していた。無理やり反撃に出ていたリリアはそれに気づくが、反応はできない。必死に身を捩って離れようとするが、それよりもカイザーコングの動きの方が速かった。

 カイザーコングはリリアの右腕を掴み、持ち上げる。


「~~っっ!! ぁ、あぁぁああああああっっ!!」


 とっさに右腕を『姉力』で強化するリリアだが、カイザーコングの力はその程度では防げない。ゴリッ、バキッと嫌な音を立ててリリアの右腕の骨は砕かれ、抑えきれぬ悲痛な叫びが森の中に響く。

 ようやく聞けたリリアの悲鳴に、カイザーコングはその表情をニヤリと歪め、あえて苦しめるように力を抑えてリリアの腕を掴む。

 いっそ右腕を切り落としてしまいたいほどの苦痛に襲われるリリアだが、そんなことをできるはずもなくカイザーコングの玩具になるしかない。

 カイザーコングは完全に勝利したと確信したのか、すぐに止めを差すことはなく弄ぶようにリリアを振り回す。カイザーコングの力で振り回されたリリアは木にぶつけられ、地面に叩きつけられる。それもこれもリリアが死なないように……手にした玩具がすぐに壊れないように手加減をしながら。

 しかしリリアにはどうすることもできない。ただ意識を繋ぎ止めるので精一杯だ。やがてカイザーコングは満足したのか、リリアのことを思いっきり放り投げる。ぼろ雑巾のように地面を転がったリリアは動くことができなかった。

 かろうじて意識は保っている。でもそれだけだ。もし意識を失ってしまえば二度と起きることはないとわかっていたからだ。しかし、ともすればその方が幸せであったかもしれない。今、なまじ意識があるせいでリリアは迫りくる死と直面しなければいけないのだから。

 今度こそリリアに止めを差そうと、カイザーコングがゆっくりと近づいていることにリリアは気付いていた。しかし、どれほど力を込めても体はピクリとも動かない。


(ハル……君……)


 胸中で小さく愛する弟の名を呟くリリア。ハルトとの思い出が走馬灯のように蘇る。


(私……ここまでみたい……悔しいな……)


 リリアの胸中に満ちていたのは悔しさとハルトへの想いだ。納得などできるはずがない。しかし、避けようのない現実としてリリアの死はすぐそこにまで迫っている。


(もっと強かったら……エクレアさんみたいな強さを……持っていれば……)


 強さへの渇望。届かなかった高み。リリアは死の現実を受け入れようとしていた。


「ごめんね……ハル君……」


 残してしまうハルトへ懺悔の言葉を口にしたリリア。しかし、この場にもう一人いるということをリリアは失念していた。

 ゆっくりと歩を進めていたカイザーコングとリリアの間に割って入ったのはタマナだった。倒れるリリアの前に立ち、カイザーコングと対峙するタマナ。その足は震え続けており、瞳には明確な恐怖の感情が浮かんでいた。しかしそれでも、タマナは逃げ出すことをしなかった。何かリリアを助ける策があるわけでもない。それでもタマナはこうしてここに立ったのだ。


「タマ……さ……なに、して……」

「な、何してるんでしょうね私……ど、どうしてここに立ってるんでしょう」

「はやく……逃げて……」

「嫌ですっ!」

「っ!」


 恐怖に震えながらも、タマナは叫ぶ。揺るがぬ意志を貫く決意を。


「逃げる時は一緒って……私言いました。私一人でじゃありません。リリアさんも一緒にです! 生きて帰るんです! 私まだ文句も言ってません、説教もしてません! だからっ……こんな所で死なないでください。勝手に生きるのを諦めないでください!」


 そんなタマナの叫びを聞いた瞬間、リリアの胸がドクンと跳ねた。リリアを守ろうとするその姿が、どうしようもなく前世の姉と重なって見えた。

 そうしている間にもカイザーコングは近づき、とうとうタマナの目前に迫る。その目は勝利の余韻を邪魔するタマナへの怒りを宿していた。


「タマナさ…………逃げ……」


 カイザーコングに睨みつけられたタマナはまったく動けないでいる。起き上がろうともがくリリアだが、その動きは亀よりも稚拙だ。

 焦るリリアの前で腕を振り上げるカイザーコング。その狙いは明らかにタマナだった。


「っ……!」


 恐怖に喉を引きつらせるタマナ。そして、そんなタマナへ向けてカイザーコングの無慈悲な一撃が振り下ろされた。

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