第60話 ユニコーン
宙を揺蕩うような感覚をリリアは感じていた。リリアの周囲はどこか暗く、しかし不安になるようなことはない。むしろ安心感を感じるほどだ。
「ここは?」
まさか死んでしまったのだろうかと不安になるリリアだったが、そうではないことは直感的に理解していた。そうなれば気になるのは自分がどこにいるのかということだ。
「カイザーコングと戦って、勝って……それからアースドラゴンが襲ってきて、それで……」
少しずつ、自分の身に何が起きたかを思い出していくリリア。
「そうだ! ユニコーンに会ったんだ! っていやでも……思い出したけど、結局ここはなんなの?」
キョロキョロと周囲を見回しても何かヒントになるようなものも無い。一体自分の身に何が起きているのかリリアは全く理解できなかった。
「うーん……まぁ、なるようになるでしょう」
色々と悩んだ末、死んでいないならばどうとでもなると考えることを止めるリリア。ちょうどその時だった。リリアの視線の先に二つの球体が出現する。
暗い空間の中において眩い光を放つ二つの球体はあまりにも異質で、リリアは思わず球体の現れた方へと吸い寄せられてしまった。
そしてそこで見たのは思いもよらぬものだった。
「私と……オレ?」
驚愕に目を見開くリリア。二つの球体の中にいたのは『宗司』と『リリア』だった。球体の中の二人は膝を抱えたまま眠っている。
宗司であった頃の『自分』とこの世界に来てからの『自分』。二人の『自分』を同時に見ることになったリリアはどこか居心地の悪さを感じていた。
「なにこれ……」
リリアは二つの球体へと手を伸ばす。しかし、球体はそんなリリアの手を避けるようにして離れ……しかしまた少しすればリリアの近くへと戻ってきた。
「意味わかんない」
『宗司』の方に手を伸ばしても『リリア』の方に手を伸ばしても結果は同じ。リリアの手から離れ、やがて戻って来る。つかず離れず。そんな距離を保ち続ける。
そうしているうちにリリアは気付いた。二つの球体から伸びる糸があることに。それは細く頼りない糸ではあったが確かにあって、その先に繋がっていたのはリリア自身だった。二本の糸は、リリアの前で一本となりリリアの体へと繋がっている。
しかし、その意味を考える前にリリアは二つの球体から急に引き離され、そしてその先にあったのは光輝く空間。
「ちょ、まっ——」
リリアの必死の抵抗もむなしく、光へと吸い込まれていくのだった。
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「……ア…ん、……リアさん!」
「ん……」
「起きてください! リリアさんっ!」
「……え?」
体を揺すられ、聞き覚えのある声に呼ばれて目を覚ますリリア。倦怠感に包まれながら目を開けると、そこにいたのは泣きそうな、というよりもすでに泣いているタマナの顔だった。
「タマナさん……うるさいですよ……」
「リリアさんっ! あぁよかった! このまま目を覚まさなかったらどうしようかと」
『ふん、だから言ったであろう。私の治癒に問題はないと。すぐに目を覚まさなかったのはそいつが悪い』
突然聞こえてきた第三者の声に、リリアは弾かれるように身を起こす。そこにいたのは気を失う前に出会った超級の存在。ユニコーンだった。
「あなたは……」
『なんだ人間というのは意識を失うだけで記憶も一緒に失うのか?』
「いえ、そんなことは……どうしてあなたがここに?」
『私が語ることでもない。聞きたければタマナから聞くのだな』
ユニコーンにそう言われてタマナの方に視線を送ると、タマナが嬉しそうな顔で説明してくれる。
「意識を失った後、大怪我をしていたリリアさんをあの方が治してくれたんです」
「ユニコーンが? あ、そう言えば……」
タマナに言われてリリアは気付いた。倦怠感こそ残っているものの、体中に負っていた怪我……右腕の骨折すらも治っているということに。
『右腕、右足、左足、他にも多くの箇所を骨折していた。それだけじゃない。打撲に裂傷、なんかもあった。人間の体というのは案外丈夫なのだな』
ユニコーンの持つ能力の一つ。圧倒的な治癒力。人間の使う【回復魔法】などとは比較にならない。一説では、ユニコーンの角を使えば瀕死の状態からですら蘇り寿命を延ばすこともできると言われているほどだ。
そんなユニコーンの力を使えばリリアの傷を治すことなど造作もないのかもしれないが、人間嫌いと噂されているユニコーンがなぜリリアを治療してくれたのか。それがリリアにはわからなかった。
「どうして治療を?」
『ふん、そんなの決まっているだろう。そこの娘、タマナに頼まれたからだ』
「……はい?」
『そうでなければ誰が貴様のような紛い物を治したりするものか。紛い物というだけでも腹が立つのに貴様の場合は見た目だけはドストライクなのがなおのこと腹が立つ』
ぶつくさと文句を言い出すユニコーン。その様子を見てリリアは思い出した。ユニコーンの持つもう一つの性質……人間嫌いではあるが人間の女性、その中でも処女だけはこの上なく愛しているということを。
『タマナが私好みの処女であったことに、貴様は感謝することだな!』
そう言って威張るユニコーンに、リリアもタマナもただただ頬を引きつらせることしかできなかった。
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