第52話 修行の始まり
人気の無い森の中をリリアとタマナは走っていた。タマナの先を走るリリアは涼しい表情で足場の悪い森の中をすいすいと進んで行くが、運動に慣れていないタマナはついて行くだけで精いっぱい。むしろそれすらも厳しくなり始めていた。
「ひぃ、ひぃ……リ、リリアさぁ~ん……ど、どこまで行くんですかぁ~」
「あと少しですよ。頑張ってください」
「それってつまりあと少しは走らないといけないってことじゃないですかぁ~。ってきゃぁっ!」
リリアの言葉に軽く絶望を覚えたタマナは、足元の木の根に足を取られてしまう。
ぶつかる、と身構えるタマナだったがそれよりも早くタマナが躓いたことに気付いたリリアが支えに入る。
「大丈夫ですか?」
「は、はいぃ……」
「この辺は大きな木の根が多いですからね。足をとられやすいですから気を付けてください」
「えへへ、今のリリアさんカッコよかったですねぇ。リリアさんが男の人なら私惚れちゃってたかもしれません」
「……はぁ。そうですか」
「そんな生返事じゃなくても……喜んでくれてもいいじゃないですか」
「いやだって、それって褒めてるんですか?」
「一応……褒めてるんですかね?」
「なんで疑問形なんですか。まぁいいですけど。そうですね。一応喜んでおきます」
「ところで、一つ聞きたいんですけどいいですか?」
「なんでしょう」
「私達はなんでこの森に来てるんでしょうか? その、色々と忙しい時期なわけじゃないですか。そろそろ理由だけでも教えていただけたらなぁと。何かの採取ですか?」
ここまでついてきたタマナだったが、肝心の理由を全く聞いてはいなかった。タマナが仕事をしている時に突然大きな荷物を持ったリリアが現れ、嵐のようにタマナを連れ去っていったのだ。
「そういえば……言ってませんでしたね」
「はい。とにかくついてこいとだけ」
あれよあれよという間のことだったので、タマナも他の人も全く止める隙がなかったのだ。
「採取じゃありませんよ」
「そうなんですか? でもこんな場所採取でもない限り来る用事はないですし」
リリアとタマナがやって来たのは王都から遠く離れた森の中だ。様々な薬草などが群生していることから、王都にいる《薬師》などから《冒険者》に依頼として薬草の採取を頼まれることも少なくない。そんな場所だ。なぜわざわざ《冒険者》に頼むのかといえば、理由合は単純でこの森に生息している魔物は危険度が高いからだ。B級やC級の魔物は当たり前のようにいて、A級の魔物まで存在しているのだから。
決して好んで足を踏み入れたい場所ではないのだ。
「この場所に来た理由は単純ですよ。修行です」
「……修行?」
「はい。パレード当日までの間に、少しでも強くなるためにこの場所を選んだんです。タマナさんは薬草の調合ができましたよね?」
「えぇと……そうですね。一応できますけど……」
「この場所は腐るほど薬草が生えている。そして、タマナさんが薬草の調合ができる。それだけじゃなくて【回復魔法】も使える。強い魔物もいる。まさに修行にうってつけというわけです」
「いやいやいや! ま、まさか……パレード当日までずっとここに?」
「そうですね。ギリギリまで粘るつもりではいます」
「わ、私も……?」
「タマナさんは私のお付きなんですよね?」
「えっと……そうですけど……でも、さすがにこれは——」
「私、タマナさんみたいな優しい人がお付きで本当に良かったと思ってるんです。こんなこと他の人には頼めないですから。優しいタマナさんにしか……ね?」
「え、そ、そうですかぁ? そう言われると悪い気はしないですけどぉ。しょうがないですねぇリリアさんは。ちゃんと私がついていてあげますよぉ」
これ以上ないほどの綺麗な笑顔でリリアは言う。その笑顔の前には、多少の疑念も浮かんでいた否定の気持ちも吹き飛んでしまうのだ。リリアの笑顔にまんまと乗せられたタマナは修行への同行を認めてしまう。
「ふふ、チョロい……」
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでもないですよ。一応必要なものは私が全部持ってきてあるので、もう少し進んだ先に野営地を作りましょう」
「そうですね。日が暮れる前にできることは済ませちゃいましょう」
さきほどの疲れはどこへやら、ルンルンと進み始めるタマナ。危険な魔物がいるかもしれないということすら気にしていないようだった。
こうしてタマナの協力を取り付けたリリアの修行が始まったのだった。
ちなみに、タマナは職場をほとんど無断で休むことになっているという事実にまだ気付いてはいないのだった。
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