第51話 動き出す魔王軍

 王都の中にある、言ってしまえばスラムのような場所。そこにガルと兄のガドが利用している家はあった。犯罪者や浮浪者、そんなものばかりがいるような場所だ。ガルとガドがいた所で目立ちはしない。

 今二人がいるボロ屋は、ガドが元々住んでいた住人を殺して奪ったのだ。殺した男も後ろ暗い素性の男だったせいか、殺したところで問題になるようなことはなかった。


「おいガル、腹減ったからなんか用意しろよ」

「あ、う、うん。わかったよ兄さん」


 ガルが王都で情報収集に励む中、食う寝るヤる、そして殺す以外に興味の無いガドが家の中でずっとダラダラと過ごしていた。

 若干苛立たし気に言われたガドの言葉に、ガルは慌てて昼ごはんの用意を始める。二人だけの分とは思えないほどの量の食材をガルは買い込んでいた。理由は一つ、ガドの希望する食べ物を出すためだ。気分によって食べたいものが変わるガドはそれを出せないだけでガルのことを殴る。それがわかっているガルはあらかじめ用意できるだけ用意しているのだ。


「な、何食べたい?」

「……肉だな。とりあえず肉用意しろ」


 今日はまだガドの機嫌は良い方だと少しだけ安堵するガル。機嫌の悪い日なら聞いた途端に自分で考えろと殴られるだけだからだ。

 このボロ屋で生活するうえで必要だと思ったものは全て用意してある。小型ではあるが、十分に料理できるだけのキッチンもあるのだ。

 そうしてご飯の用意をしていると、不意に家の扉がノックされる。


「? 誰だろう……」

「ちっ、おいガル。確認しろ」

「うん……」


 ガル達のいる場所は犯罪者や浮浪者で溢れている場所。誰かがやってくるようなことがあっても大体強盗だ。しかし、それならばわざわざノックなどせずに押し入って来る人が大概だ。わざわざノックするような人がいるのだろうかとガルは少しだけ緊張で身を固くする。何かあっても対処できるように身構えながらガルは扉を開く。


「どちら様です……か?」


 扉を開いた先に立っていたのは浮浪者ではなかった。しかし、フードを被ったその姿はそこらの犯罪者よりもよっぽど怪しいものではあった。

 警戒気味に問いかけるガル。それを見たフードの人物はクスクスと笑う。


「あぁすまない。これでも人に見られると少し面倒な立場でね。こうして姿を隠しているんだ」


 フードの人物はなんらかの方法で声を変えているのか、男の人のようにも、女の人のようにも聞こえる声音だった。


「私は君達の協力者だよ。聞いていないかな?」

「あ……聞いてます。どうぞ、入ってください。ボロボロの家ですけど」

「構わないよ。すまないね。すぐに帰るから」


 ガルはフードの怪しい人物改め、協力者を家に招き入れる。すると、突然部屋に入って部外者を見てあからさまに機嫌を悪くするガド。


「あ? 誰だよテメー」

「初めまして。君がガドだね。私は今回の作戦における君達の協力者兼上司といったところだよ」

「協力者? なんで今さらそんなもんがいるんだよ。俺らはパレードの日に王都で暴れりゃいいだけなんだろ?」

「その予定だったんだけどね。少し想定外のこともあってそういうわけにもいかなくなったんだ」

「んなこたぁ知らねぇよ。何があろうと俺はただ暴れるだけだ」

「それで結構。しかし、暴れる前に頭を抑えられたら面白くないだろう。暴れるなら暴れるで事前の準備というものは必要なのさ」

「想定外って……何かあったんですか?」

「まぁ、君達がそこまで心配することではないよ。ただ頭に入れておいて欲しいことがいくつかあるだけさ」

「……ちっ、もったいつけて話すんじゃねぇよ。いいからさっさと言えや」

「ちょっと、兄さんっ」

「ふふ、そうだね。すまなかった。まず一つ。王都の検問が少し厳しくなってね。事前に入っていた君達は問題なのだけど、これから入ろうとしていた者達がもしかしたら入れないかもしれない」


 ガル達は知らないことだが検問の強化はアウラの手回しによるものだ。怪しい人物を入れないように、できることから動き始めているのだ。そしてその成果は僅かとはいえど魔王軍に対して影響を与えることには成功していた。


「それで、何が言いてぇんだよ」

「今回の作戦、もしかしたら少し人数を減らして動くことになるかもしれない。そう思っていてくれ」

「はっ、何かと思えばそんなことかよ。俺はむしろ他の奴なんて邪魔だがなぁ。俺が殺せる人数が減っちまうだろ」

「粋がるのは結構だが、向こうには【紫電】もいるということを忘れるなよ」

「【紫電】……この国最強の《勇者》……」

「彼女に対しては策をいくつか用意しているが……もし相対するようなことがあれば命はないと思ったほうがいい」

「はっ、【紫電】だかなんだか知らねぇが上等だ。俺がまとめてぶっ殺してやるよ」

「……はぁ、そうできることを祈っているよ。期待せずにね。それともう一つ、肝心なことを君達に伝え忘れていたことを思い出してね」

「肝心なこと?」

「本作戦のターゲットについてさ」

「ターゲット……新しい《勇者》ですか?」

「そう。《勇者》がターゲットだと知っていても、顔を知らなければ意味がないだろう」

「そういえば……」


 《勇者》がターゲットだと知らされていたガル達だが、その顔は知らなかった。王都の街を調べる中で、ついでに《勇者》についても調べていたガルだがそれほど情報が出回っていないせいかほとんど何もわかっていないのが現状だった。


「これが新しい《勇者》……ハルト・オーネスだ」


 その名を聞いた瞬間、ガルの心臓が止まったのではないかと思うほどの衝撃に襲われる。それでも、同性同名の別人物なのでは、という期待を込めて空間に映し出されたその顔を見て……ガルは今度こそ絶望した。

 そこに映し出されていたのは、先日友達になったばかりの……そしてガルにとっては初めての友達であるハルトの姿だったからだ。

 目の前に差し出された事実を受け入れられずにいても、状況は容赦なく進んで行く。


「あ? これが《勇者》だぁ? んだよ、ひょろそうなガキじゃねぇか」

「彼が今回のターゲットだ。《魔王》様からは殺さないようにとの指示だ」

「はぁ? なんでだよ。邪魔だからこうやって俺らがやって来たんじゃないのかよ」

「《魔王》様の考えは私にはわからないよ。そしてその理由を考えるのは私達の仕事じゃない……どうしたガル。顔色が悪いようだが」

「え、あ……い、いえ。なんでも……ありません」

「……そうか。ならいい。当日、君達の他に王都内に侵入しているセルジュが陽動用の魔物を王都に放つ。それが行動開始の合図だ。いいね」

「そしたら好きに暴れていいってわけだな。クハハ、いいぜやってやろうじゃねぇか」


 王都が阿鼻叫喚の地獄絵図になる姿を想像してガドはニヤニヤと笑う。対するガルはハルトが作戦のターゲットであったという事実から未だに立ち直れずにいた。


「さて、伝えることはこれくらいかな。また何かあれば伝えに来る。それでは……ん? 何かが焦げてるような臭いが……」

「焦げてる……あ!」


 協力者に言われてガルは肉を火にかけっぱなしにしていたことを思い出す。慌てて火を止めるガルだが、そこにあったのはとても食べれる状態の肉ではなかった。


「あ……焦がしちゃった」

「おい……お前それ、俺の昼飯じゃねぇのか?」

「う、うん。そうだけど。ごめんなさい、すぐに作り直すから」

「言ったよな……俺はすぐに食べてぇんだよ。何やってんだてめぇ!」


 殴られる、そう思ったガルは瞬間的に目を瞑る。しかしいつまで経っても殴られる衝撃は襲ってはこなかった。

 おそるおそる目を開けると、そこには空中から出現した鎖で動きを止められているガドの姿があった。もちろん、ガルにそんな能力はない。であればそれを為せるのはこの場において一人だけだった。


「何のつもりだてめぇ」

「弟に手をあげるのは……感心しないな。兄姉というものは、いつでも弟妹を想っていなければいけないものだろう」

「知るか。こいつは俺の弟だ。俺に自由にする権利があるんだよ。さっさとこの鎖を外しやがれ!」

「そんな様子では外すことはできないな。そして、ガドの力では無理やり外すこともできないだろう。これは上級魔法の『拘束

バインド

』だからね」


 鎖を外そうと必死にもがくガドだが、一向に鎖は外れる様子はない。


「……まぁ、今回は急に訪問した私のせいでもある。代わりを用意しよう。肉だったな……『ショートゲート』」


 小さく何かを呟くと、机の上にそれはそれは大きなステーキが出現する。


「どうだろう。これでガル君のことは許してやってくれないか?」

「……ちっ、わかった。わかったよ。だからさっさと外しやがれ」


 肉の塊を前に、怒りよりも食欲が勝ったのかガドはしぶしぶ認める。今度はあっさりと外れた鎖を払うと、ガドは肉に食らいつき始める。


「これで大丈夫かな。それじゃあ、今度こそ私は帰るよ」


 そう言って家から出て行く協力者。ガルはその後を慌てて追いかける。


「あ、あの。助けていただいてありがとうございました!」

「あれくらい大したことじゃないよ。まぁ、お礼を言われて悪い気はしないけどね」

「あんな魔法をすぐに使えるなんて……すごいですね」

「ふふ、それほどでもないさ。なんて言ったって私は……天才魔法使いだからね。そうだ……一つだけいいかな」

「なんですか?」

「迷わないことだ。迷いは死を招く。君が何に悩んでいるかは聞かないが……その迷いは、君の命を奪いかねない」

「っ……!?」

「君が迷いを振り払えることを祈っているよ。それじゃあ、また」

「はい……」


 そう言って去っていく協力者の背をガルは見送る。そして、ガルは協力者の残した言葉を何度も反復し……その場に立ち尽くすのだった。


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