第46話 リリアとミレイジュの早朝訓練 前編

 翌朝、リリアとミレイジュは一緒に鍛練へとやってきていた。場所はリリアが最近になって利用するようになった高原だ。ミレイジュの仕事の時間もあるため、時間はかなり早朝になっている。


「うへぇ、昨日あれだけ飲んだばっかりなのによく動けますねぇ」

「確かにまだちょっと体にだるさは残ってるけど、あのアルーカでしたっけ? あれのおかげでずいぶん楽にはなったので。普通に動くことくらいはできます」

「確かにあれはよく効きますけどぉ。だからって何もこんなに朝早くなくても……」

「ミレイジュさんの仕事の時間もあるでしょ? 仕事前に終わるようにしないと」

「それはありがたいですけどぉ。っていうかそうなんですよね。この後普通に仕事あるんですよねぇ」


 仕事のことを思い出したミレイジュが暗い顔をする。飲み過ぎてしまった翌日の仕事というのは辛いものなのだ。


「それじゃあさっそく魔法について教えてください」

「そうですね。って言いたいんですけどぉ。どうしてまた魔法について知りたいんですか? 確かリリアちゃんは《村人》でしたよねぇ。《村人》なら魔法使う必要なんてないじゃないですか」

「確かにそうだけど……でも、だからって魔法を使えないわけじゃないですから」


 主に魔法を使うのは《魔法使い》だけだ。【生活魔法】のような簡単な魔法であれば他の職業でも使うことはできる。中には《聖女》や《勇者》のように、特定の魔法を使えるようになる職業もあるが、それでも多彩な魔法を使うという点において《魔法使い》に勝る職業はないのだ。


「なるほどぉ……つまりリリアちゃんは私に憧れてるというわけですねぇ」

「……なんでそうなるの」

「え、だってぇ。魔法は使えないけど魔法を学びたい。それはつまり魔法に対して憧れがあるからですよねぇ?」

「いや、別に憧れてるから教えて欲しいわけじゃないんですけど」

「またまたぁ。照れなくてもいいんですよぉ」

「だから……あー……もういいですそれで。はい、憧れてます。憧れてますとも」


 言い返そうとしたリリアだったが、何を言っても押し問答になりそうな気がしたリリアは面倒になってさっさと折れる。


「最初から素直に認めてればいいのにぃ」

「……それで? 私が魔法に憧れてることと、ミレイジュさんに憧れてることに何の関係があるんですか?」

「だからぁ、魔法に憧れてる。つまり《魔法使い》に憧れてる。そうなったら大天才である《大魔法使い》の私に憧れない理由がないじゃないですかぁ。リリアちゃんは私にツンツンした態度を取ることが多かったですけどぉ、照れ隠しだったんですねぇ、納得ですぅ」

「潰すぞてめぇ」

「え、何か言いましたかぁ?」

「いえ、何も。とりあえずなんでもいいですから教えていただけますか?」

「そうですねぇ……でも困りましたね」

「? 何が出すか?」

「私ってぇ、大天才じゃないですかぁ」

「……はぁ、それが?」

「だから魔法を覚えた時も感覚ですぐに覚えちゃったんでぇ、教えれるようなことが何もないんですよねぇ」

「ちなみにその感覚を言葉にしようとしたらどんな感じになるんですか?」

「うーん、たとえばこの間使った【転移魔法】について言うなら、こう、ググっとして、パッとしてズガンからのビシャン! って感じですぅ。わかりますかぁ?」

「全くわかりません」


 ミレイジュの魔法の説明を聞いたリリアは思わず深いため息を吐く。さすがのリリアもあの説明ではなにも理解できない。しかしリリアには他の人とは違う手段で魔力を見ることができる方法があった。


「とりあえず、一度魔法を見せてもらえますか?」

「え、別にいいですけどぉ。何かみたい魔法とかありますかぁ?」

「いえ、なんでも大丈夫です。しいて言うなら一番得意なものを見せてください」

「? わかりましたぁ」


 リリアに頼まれたミレイジュは魔法を発動しようとする。その前にリリアは【姉眼】を発動する。【姉眼】を用いればリリアは魔力の流れを見ることができるからだ。


「それじゃあ……えいっ!」


 軽い調子で持っていた杖を振るミレイジュ。しかしその次の瞬間、けたたましい音と共にリリアの眼前に雷が落ちる。あまりの速さに、注視していたはずのリリアですら反応が遅れてしまったほどだ。魔力の流れも速すぎて掴みきれてはいなかった。


「……今の魔法は?」

「今のですか? あれは『ライトニング』ですぅ。中級の【雷魔法】ですぅ」

「今のが……中級魔法? あれ魔法って詠唱がいるんじゃないんですか?」

「あぁ、普通はそうなんですけどぉ。私、【詠唱省略】ってスキル持ってましてぇ。中級以下なら無詠唱でも発動できるんですよぉ」

「無詠唱で中級魔法を使えるって……」


 ここに至ってようやくリリアはミレイジュの言う天才という言葉が偽りのものではないということを実感した。リリアは《魔法使い》と出会うのが初めてというわけではない。リリアの住んでいた街にも《魔法使い》はいたからだ。だからこそ、リリアは中級魔法がどれほどの威力かということを知っている。

 初級魔法と中級魔法には大きな差がある。初級の【雷魔法】ではゴブリンを一撃で倒せるか否かというレベルだが、中級の【雷魔法】であればゴブリンはおろかオーク、オーガですら一撃で仕留めることができる威力を誇る。それを無詠唱で放つことができるミレイジュの力量はもはや疑うまでもないだろう。


「ミレイジュさん……あなたすごかったんですね」

「え、なんですか今さらぁ。恥ずかしいじゃないですかぁ」

「ちょっとあなたのことを舐めてました。もう一度お願いしてもいいですか?」

「同じ魔法でいいんですか?」

「えぇ。今度はちゃんと視るので」

「わかりましたぁ。それじゃあ……えいっ!」


 発動の瞬間、リリアは眼に全力の力を込める。ミレイジュの動きの全てを見逃さないように。先ほどと全く同じようにリリアの眼前に雷が落ちる。しかし今度は発動までの一連の流れを視ることに成功していた。


(なるほど……体の中心で魔力を濃縮して解放。そして解放された魔力を杖へと流し込み、魔法を完成させて放つ。一連の流れに無駄が無い。ここまで淀みない魔力の動き……初めて見たかもしれない。これを感覚でできるなんて……)


「どうでしたかぁ?」

「はい。ありがとうございます。見たいものは見れました。後は実戦で試すだけです」

「実戦?」

「はい。ミレイジュさん、私と模擬戦をしてもらいます」

「えぇ、嫌ですよぉ。魔法を見せるだけならいいですけど簡単ですけど。模擬戦は疲れるじゃないですかぁ」

「ケーキを奢ります」

「すぐに始めましょう。私模擬戦大好きですぅ!」


 途端に目をらんらんと輝かせ、杖を握りしめるミレイジュ。なんとも扱いやすいことである。


「それじゃあ、本気でお願いしますね」

「やってやりますよぉ。怪我しても怒らないでくださいねぇ!」


 そしてリリアとミレイジュの模擬戦が始まった。


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