第45話 酒の過ち

「……っ、つぅ」


 激しい頭痛と気分の悪さ、そして倦怠感と共にリリアは目を覚ました。体を起こすことも億劫になりそうだったが、意思の力でもってリリアは無理やりに体を起こす。すると、眼前に広がっていたのは異様とも言える光景だった。


「なに……これ……」


 リリアの周囲にいたのはミレイジュと、そしてミレイジュの酒飲み仲間であるという客たち。全員酔いつぶれているのか、机に突っ伏していたり床に倒れていたりと様々であったが、共通しているのは非常に気持ち良さそうな表情で寝ているということだった。

 なぜこんな状況になっているのか理解できず、頭に疑問符を浮かべるリリア。すると、そんなリリアの前に水と果物が置かれる。


「目が覚めたかい?」

「……あなたは?」

「あたしかい? あたしはこの店の店主だよ。頭が痛いんだろう? これ飲んどきな」

「あ、ありがとうございます」


 まさしく言われた通りだったので、大人しく果物を食べ、水を飲むリリア。すると、水を飲んだおかげなのか少しだけぼんやりとしていた頭がはっきりとしてくるリリア。それと同時に少しだけ自分の置かれた状況を思い出す。


「私……ミレイジュさんを探してて……それで……」

「ちょっとは思い出したかい? あんた……なかなかすごかったよ」

「……はい?」

「あそこまでやる奴はそうはいないね。あんたみたいな面白い客ならいつでも大歓迎さ。またいつでもおいで」

「え、いや、あの……」


 自分が何をしたのか全く覚えていないリリアは店主を呼び止めようとするが、店主は機嫌良さげに笑いながた店の奥へと引っ込んでしまう。


「わ、私……いったい何をしたの……って、もうこんな時間!?」


 ふち目に入った時計に目をやると、時間はすでに日付をまたいでしまっていた。リリアがミレイジュを探していたのは午後七時頃だったので、五時間近く経過いることになる。しかしリリアにはその五時間の記憶が無い。そのことがリリアには恐ろしくてしかたなかった。


「うぅ~ん……うへへ、リリアちゃん、私もう飲めませんよぉ……」

「ミレイジュさん、ミレイジュさん!」


 とにもかくにも自分に何があったのか知るにはミレイジュに話を聞くしかないと思ったリリアは近くで眠りこけているミレイジュの体を揺すって起こそうとする。しかし深い眠りについているのか、ミレイジュはなかなか起きる気配がない。


「ミレイジュさん!」

「え、もう一杯だけ? えへへ、しょうがないですねぇ」

「……ふんっ!」

「えへへ……ぶぎゃっ! な、ななな何事ですか! 敵襲ですか!」


 あまりに幸せそうな表情をして眠りこけるミレイジュに少しイラっとしたリリアは容赦なくミレイジュの体に拳を叩き込む。その衝撃で机から転げ落ちたミレイジュは流石に眠り続けることはできずに目を覚ます。


「起きましたか?」

「はれ? リリアちゃん?」

「急に椅子から転げ落ちるから心配したんですよ。大丈夫ですか?」

「え、あぁ……私お酒飲んで……すいません、全然大丈夫ですよ。いやぁ、いつもは飲み潰れても椅子から落ちたりすることなんてなかったんですけど。今日はいつもよりも飲んじゃいましたからねぇ、えへへ」

「そうだったんですね。気をつけないとダメですよ」

「リリアちゃんは優しいですねぇ」


 ミレイジュが気付いていないのをいいことに、自分が殴った事実を無かったことにするリリア。


「あ、おばさーん! 私もいつものくださーい!」

「あいよー!」

「いつものってなんですか?」

「それですよ。その果物。アルーカって言うんですけど。飲み過ぎた時には良く効くんですよぉ。お酒飲みには必需品ですねぇ」

「これがあるからってあんたは飲みすぎなんだよ。いい加減少しは減らさないとダメだよ」

「そんなこと言われても、このお店のお酒が美味しいのがいけないんですよぉ」

「自分の飲みすぎをあたしの酒のせいにするんじゃないよ。まったく」

「えへへ、次からちゃんと気を付けますってぇ」

「はぁ、ホントに調子のいいやつだよあんたは」


 そうは言いつつも、酒を褒められて悪い気はしないのか店主は少しだけ嬉しそうにしながら厨房へと戻る。


「んー、お酒飲んだあとはこれですねぇ。美味しいですー」

「いつも酔い潰れるまで飲んでるんですか?」

「そんなことないですよ? たまーにです。っていうか、今回私達のこと酔い潰したのはリリアちゃんじゃないですかぁ」

「……え?」

「え? あ、もしかして……何も覚えてない感じですか?」

「……はい」

「あぁ……」

「あの、私何かしちゃいましたか?」

「……ソンナコトナイデスヨ?」

「目を逸らさないでください!」

「リリアちゃん。世の中には知らない方がいいこともあるんですよ」

「優しい目で諭さないでください!」

「いやぁ、でもあれはちょっとねぇ。まぁ一つ言えることがあるとするなら」

「あるとするなら?」

「なかなか激しかったですよ♪」

「だから私は何をしたんですかっ!」


 その後、どれだけ問い詰めてもミレイジュはリリアが何をしたかということについて決して口を割ることは無く。ただただ笑ってはぐらかし続けるのだった。


「そういえば、結局私に何の用があったんですか?」

「……私、それすら話してなかったんですね」

「随分楽しそうに飲んでましたからねぇ」

「……もう二度とお酒は飲まないことにします」

「えぇ、もったいないですよぉ」

「絶対飲みません。っていうか、それはどうでもいいんです。今日はミレイジュさんにお願いがあって来たんです」

「お願いですか? 私に?」

「はい。本当ならそれだけ言って帰るつもりだったんですけど……」

「珍しいこともありますねぇ。なんですか? お願いって」

「私に……魔法を教えてくれませんか?」


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