第47話 リリアとミレイジュの早朝訓練 後編

 模擬戦をすることになったリリアはミレイジュと向き合って木剣を構えていた。結局の所、リリアは学ぶよりも体験するほうが身に着くのが早いのだ。魔法を言葉で教えてもらうよりも、戦いの中で覚えていった方が早いとリリアは考えていた。

 それでもミレイジュの職業は《魔法使い》だ。普通であれば前衛を置いて、二人一組、もしくは三人一組で戦うことが多い。そうしなければ《魔法使い》は真価を発揮できないからだ。もし普通の魔法使いがリリアと戦っても、ろくに魔法を使えずに一瞬で距離を詰められて負けてしまうだろう。

 それでもリリアがミレイジュに勝負を挑んだのはミレイジュならば戦えると判断したからだ。

 リリアとミレイジュ、どちらの実力が上かはわからない。ただ確実に言えることがあるとすれば、ミレイジュの魔法を一発でもくらえばリリアはただではすまないということだけだ。


「リリアちゃんってえぇ、結構強いですよねぇ」

「わかるんですか?」

「そりゃ私は天才ですからぁ。リリアちゃんが強いかどうかなんて一目見ればすぐにわかりますよぉ。これは私もちょっと気合いを入れないとですねぇ。やるからには私も負けるつもりはありませんからぁ」


 グッと杖を握るミレイジュ。その表情は真剣そのものだ。もちろん、リリアも負けるつもりなど毛頭ない。そして、最初に動き出したのはリリアだった。ミレイジュの実力は未知数だ。それに、《魔法使い》に準備する時間を与えることほど愚策はない。

 一瞬で決着をつける。それぐらいの勢いでリリアはミレイジュに突進した。


「それは読んでますぅ! ショット!」

「っ!」


 ミレイジュの言葉と共に足元の地面が隆起し、砂の礫がリリアめがけて飛んでくる。威力はないものの、リリアのバランスを崩すことを目的にしたその魔法はしっかりと効力を発揮していた。バランスを崩したリリアは僅かな隙をミレイジュに対して晒してしまうことになる。しかし、その僅かな隙はミレイジュからすれば魔法を発動してお釣りがくるほどの時間だ。


「ショット! からのバースト!」


 今度は後ろに飛び退いたリリアめがけて魔法が飛んでくる。その魔法はリリアが先ほどミレイジュに見せてもらった中級の【雷魔法】だ。しかもそれだけではない、飛んでくる魔法とは別の魔法が地中から迫っていた。それが何の魔法であるのか、魔法の知識が足りていないリリアにはわからない。


(中級魔法を発動していながら別の魔法まで並行して!? あの人いったいどこまでっ)


「くっ!」


 リリアはとっさに木剣を盾にして雷撃を防ぐ。それでもビリビリと腕が痺れる。そしてその後に間髪入れずに地面から次の魔法が飛び出してくる。それは炎の魔法だった。雷の魔法で腕が痺れてしまっているリリアにはそれを防ぐ手段が無く、とっさに庇った腕に命中してしまう。


「ぐぅ……」


 熱と痛みに顔をしかめるリリア。このたった一度のやり取りでリリアは理解した。ミレイジュはリリアの想像よりもずっと戦い慣れているということに。魔法を放つタイミング、そして精度。それは一朝一夕で養える感覚ではないのだから。


「私は戦えないと思ってましたかぁ?」

「本音を言うなら……少しだけ」

「みんなそう言うんですよぉ。まぁこれは私の性格もありますけどぉ。私、これでも戦うのは結構得意な方なんですよぉ」

「みたいですね。少なくとも、並大抵ではあなたに勝てそうにありません」

「降参しますかぁ?」

「まさか。これからが楽しいんじゃないですか」

「ふふっ、リリアちゃんもなかなかですねぇ。私は疲れるの嫌なんですけどぉ」


 口ではそう言うミレイジュだが、その口は嬉しそうに吊り上がっていた。


「行きますよ」

「どこからでもどうぞですぅ」


 体が問題なく動くことを確認したリリアが木剣を構える。今度は先に動いたのはミレイジュだ。先ほどと同じ動きだ。リリアに向けて雷を放ち、それと同時に地面にもう一つの魔法を仕込む。しかし雷の魔法はわかっても、地面から迫って来る魔法は同じものかどうかわからない。

 だからこそリリアは雷の魔法に向かって突っ込んだ。避けるのではなく、正面から。当たるコースを予想し、その部分に全力で『姉力』を纏わせ、硬化する。


「えぇ!?」


 オークすらも一撃で葬ることができる中級魔法。それをまさか正面から受けられると思っていなかったミレイジュは思わず狼狽する。普通であればそれは自殺行為だ。しかしそれをリリアは行った。


「っ!」


 当然のことながら、魔法を受けて平気なわけもない。しかし、それでもリリアは【雷魔法】を耐えきり、ミレイジュに肉薄する。


「っ、まだ甘いですよぉ! 風よ!」


 接近してくるリリアに向けて今度は【風魔法】を使うミレイジュ。しかし咄嗟の【風魔法】であったせいか、その威力は弱く、リリアを止めれるほどではなかった。そしてついにミレイジュがリリアの攻撃圏内に入る。


「はぁっ!」

「バーストッ!」

「っ!」


 木剣を振り上げたリリアは背後に嫌な気配を感じてとっさに伏せる。その直後、背後から襲ってきたのは先ほどとは比べ物にならないほどに強力な【風魔法】だった。それは先ほどミレイジュが地面に仕込んだ魔法だ。ミレイジュがリリアに向けて撃った最初の【風魔法】は動きを止めるためのものではなく、遅くすることが目的だったのだ。そして背後から本命の【風魔法】がリリアのことを襲ったというわけだ。

 転がるようにして避けたリリアはすぐに起き上がり、ミレイジュに木剣を突きつける。しかしそれと同時に、ミレイジュもリリアの周囲に魔法を展開していた。


「…………」

「…………」


 リリアが木剣でミレイジュを攻撃するのが早いか、それよりも早くミレイジュがリリアに魔法を撃ちこめるか。ただ、どちらも無事で済まないのは確かだった。

 沈黙が場を支配するなか、どちらからともなく軽くため息を吐く。


「引き分け……ですね」

「不本意ですけどぉ、そうなりますかねぇ」


 その言葉と共に二人は戦闘態勢を解く。それと同時にミレイジュが周囲に展開していた魔法を消え去った。


「もう腕を見せてくださいリリアちゃん」


 少しだけ怒ったような表情でミレイジュが言う。キョトンとしながらも言われるがままに腕を見せるリリア。


「やっぱり火傷してるじゃないですかぁ」

「それはまぁ、あれだけの魔法を正面から受けたりしてたら火傷くらいはしますけど」

「そういうことではなくてですねぇ、わかってますか? リリアちゃんは女の子なんですよ?」

「……はぁ、わかってますけど」

「全然わかってません!」


 思ったよりも強い口調で怒られてリリアは少しだけびっくりする。そうしている間にもミレイジュはリリアの腕に【回復魔法】をかける。


「女の子が体に傷残したりしちゃダメなんですからぁ」

「いやでも……私のあの魔法撃ったのミレイジュさんじゃないですか」

「あう、そ、そうですけどぉ。あれは模擬戦でしたから。それに、リリアちゃんがあんな無茶な方法で突破してくるなんて思ってませんでしたからぁ。あれは本当に危ないですよぉ?」

「確かにあれはちょっと無茶だったかもですね」

「かも、じゃなくて無茶なんですぅ。せっかくこんなに綺麗な体してるんですからぁ、大事にしないとダメですよぉ」

「わかってはいるんですけどね……強くなるためなら、多少はしょうがないかなと思ってます。それが必要なら」

「……どうしてそんなに強くなりたいんですかぁ?」

「簡単ですよ。守るためです」

「守る……ですかぁ?」

「はい。私の弟を……何者からでも守れるように。そのためなら怪我だって惜しくありません」

「弟君を……ですかぁ。でもだからって無茶しちゃダメですよぉ。心配しちゃいますからぁ」

「私をですか?」

「もちろんそうですよぉ。他に誰がいるんですかぁ」

「なんか……意外です。ミレイジュさんも誰かを心配したりするんですね」

「当たり前ですよぉ。私もなんだと思ってるんですかぁ!」

「グーたらな酒飲みです」

「うぐっ……そ、それは否定できないですぅ。でも、私だって誰かを心配することはあるんですよぉ」

「……ありがとうございます。でも、きっとこれからも無茶はすると思います。それが必要なら……ですけど」

「気持ちはわかりますけどねぇ……でも、十分気を付けてくださいよぉ?」

「もちろんです」

「さて、それじゃあ帰りましょうかぁ。怪我はもう治ってるはずですぅ」


 ミレイジュの【回復魔法】の力はすさまじく、リリアの傷はすっかり治りきっていた。軽く動かしても全く動きに支障はない。


「すごいですねミレイジュさん」

「【回復魔法】は得意なんですよぉ。色々と必要でしたからぁ」

「へぇ、そうなんですね」

「はぁ、仕事前にすっかり疲れちゃいましたぁ。今日はもうサボろうかな」

「それはダメですよ。ちゃんといかないと」

「はぁ~~~~ですよねぇ」


 これから向かう仕事のことを考えて深く深くため息を吐くミレイジュ。その様子を見てリリアは笑いながら、王都へと帰るのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る