第44話 酒に呑まれて
ハルトが新しい友達ができたと浮かれていたその日の夜、リリアは王都の中にある酒場へとやって来ていた。時間帯が時間帯ということもあってどの店もかなりの賑わいを見せていた。冒険者から八百屋の店主まで、種族性別職業問わず酒を飲んでやんややんやと盛り上がっている。
そんな酒場を転々と回り続けるリリア。しかし、リリアは酒を飲むために酒場を巡っているわけではない。一応リリアも成しているので酒を飲んでも全く問題はない。しかし、前世の影響なのか、17歳であるリリアはどうしても飲む気になれず誘われても断っているのだ。
「ここも外れか……」
そんなリリアがなぜ酒場を巡っているのかといえば、とある人を探しているからだ。しかしなかなか見つかることは無く、すでに五軒目となるこの店にもリリアの探し人はいなかった。
「おいねぇちゃん! 一人で何してんだよ!」
「……ちっ、また……」
店を出ようとしたリリアの前を塞ぐように立つ男。見るからに酔ってますと言った様子で、リリアのことを下心満載の下卑た目でジロジロと見ていた。酔っているから冷静な判断ができなくても仕方が無い……などとリリアが思うはずもなく、ただただ不快な視線を向けてくる男に対して苛立ちを募らせる。
「なんだぁ、一人かぁ? 男でも漁りにきたのかよ。だったらこの俺が相手になってやるぜぇ」
「……結構よ。そこをどいて」
「遠慮すんなよぉ。俺も女日照りでよ。お前みたいな美人が相手なら俺の息子も喜ぶってもんよ。安心しろってちゃーんとお前のことも満足させてやるからよ!」
「ガハハハッ!! お前の粗末なモノで嬢ちゃんを満足させれんのか?」
周囲にいた客たちがリリアと男のことを面白がるようにはやし立てる。この騒ぎすらも酒の肴にしようとしているのだ。
「うるせぇ! ひげ面のドワーフが口出してきてんじゃねーよ!」
「黙れヒューマンの小僧が! どうだ嬢ちゃん、なんだったらこの小僧の代わりにワシが相手してやるぞ」
「…………」
そう言い出したドワーフを皮切りに、じゃあ俺が俺がと次から次に男が集まって来る。酒とはここまで人の理性を失わせるものなのか、それとも男が元々バカなだけなのか……リリアは元男として少し情けなくなる。
「とにかく、邪魔だから退いてくれますか?」
「おいおいそんなつれねぇこと言うなよ」
「そうじゃそうじゃ。ちっとくらい相手してくれてもバチは当たらんじゃろう」
「私は、どけと、言ったのよ」
「「っ!」」
リリアの一番近くにいた男達は最早殺気とも呼べる気配を直接ぶつけられて手に持っていたジョッキを落としてしまう。
動きの止まった男達を押しのけて、リリアは酒場から出て行く。本当ならば声を掛けてきた男共を全員投げ飛ばしたかったのだが、それは流石に酒場自体に迷惑がかかる。だからこそ殺気をぶつけるだけで我慢したのだ。そしてこれは今回が初めてではない。これまでに巡った酒場でも似たようなことが起きており、その度にリリアは同じことをしていた。
「いい加減面倒ね。次の店で見つからなかったら諦めようかしら」
毎度毎度同じことをして流石のリリアも疲れていた。今回もまた穏便に済ませることができたとはいえ、次同じことが起きた時にそれで済むとは限らない。実力行使しなければいけない事態になる可能性もあるのだ。それはリリアとしても避けたい。
「できれば見つかってくれると嬉しいんだけど」
「あははははは! もっともっとお酒もってきてくださぁい!」
どこかいそうな店はないかとキョロキョロしていると、一つの店からやたらと元気な、そして聞き覚えのある声が響く。そしてその声の主こそがリリアの探し人であった。
「やっと見つけた」
声のした店にリリアが入ると、そこには想像した通りそこには酒を飲んで上機嫌になっているミレイジュの姿があった。大きなジョッキを片手に、同じように酒を飲み続ける客たちに囲まれているその姿は立派な酒飲みの姿だった。
そんなミレイジュの元に向かうリリア。しかしミレイジュは背後にリリアが立っても気付くことなくお酒を飲み続けていた。
「ミレイジュさん」
「あぇ? なんだぁ、リリアちゃんじゃないれすかぁ」
「呂律回ってないし……あなた相当酔ってるわね」
「えぇ~、全然そんなことないれすよ? わらしまだっまだ飲めますからぁ。ねぇみなさん」
「おう、ミレイジュの嬢ちゃんはこっからがすげぇんだぞ。樽が空になるまで飲んじまうんだ」
「えっと……あなたは?」
「俺は嬢ちゃんの飲み仲間よ。つっても、この店にいるやつら全員ミレイジュちゃんの飲み仲間みてぇなもんだがな」
「はぁ……そうですか」
「お嬢ちゃんも一杯どうだ? この店の酒はうめぇぞ。成人はしてんだろ?」
「いえ、私は……」
「えぇ、リリアちゃんも飲みましょうよぉ。せっかくこのおみへに来たんれすし。わたしに話があるのかもしれませんけどぉ、酒場ではやっぱり酒飲みながられないとぉ、わらし話聞きませんよぉ」
「あなたねぇ」
「いいからいいから。座ってくらさいな」
半ば無理やりミレイジュに座らされたリリアの目の前に、あれよあれよという間に酒がリリアの前に運ばれてくる。
「だから私は」
「まぁまぁそう言わずにぃ。一杯だけ、ね? ね?」
「はぁ……まったく。一杯だけですよ」
ミレイジュだけでなく、周囲の客たちにも押され仕方なく目の前に出された酒に手を出し——そこでリリアの記憶は途切れた。
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