第41話 イルの動揺

 イルに引っ張られ、ハルトはイルの自室へとやって来ていた。


「あんまりミスラ様を待たせるわけにもいかないからな。さっさと片付けるぞ」

「うん。それはいいんだけど……ボク入って大丈夫なの?」

「はぁ? 今さら何言ってんだよ。大丈夫だから連れてきたんだろ」

「そうなんだけど……」


 なおも煮え切らないハルトの様子に、イルはようやくハルトが何を気にしているのか気付く。


「お前……まさか女の部屋に入るってこと気にしてんのか?」

「う……うん」

「はぁ…………あのなぁ、お前はオレがどういう奴か知ってるだろ」

「し、知ってるけど。でも、ボクが知ってるのはあくまでイルさんなわけだし……緊張はしちゃうっていうか」

「あーもー、うだうだ言ってんじゃねーって。お前が何見ても気にしねぇから、さっさと終わらせるぞ」


 イルはそう言って部屋のドアを開き、ハルトの手を無理やり引いて部屋の中へと入る。イルの部屋の中はハルトの部屋よりも少し狭いくらいだった。パッと見る限り、散らかっているといえば散らかっているものの、物が少ないせいか気にするほどではないように思えた。


「まぁ、ここはオレの仮住まいみたいなもんだから、物もそんなに多いわけじゃない。でもミスラ様が来るとなったら少しでも部屋は広くしときたい。オレの隣の部屋は空き部屋だから、そこにある程度物を移すぞ。ついでに隣の部屋に備え付けてあるベッドも運ぶ。さっさと終わらせるぞ。オレはこっちのもん運ぶから、お前はそっち側頼む」

「あ、うん。わか……たぁ!?」

「ん? どうしたんだ?」


 ハルトが急に素っ頓狂な声を上げたので、片付け始めようとした手を止めてハルトの方に目を向けるイル。そして理解する、ハルトが声を上げた理由を。顔を真っ赤にしたハルトの視線の先にあったのは、イルの下着の類だったからだ。それもピンク色のフリフリのついた可愛らしいタイプのものである。

 当たり前だが、この部屋を利用するのはイルだけだ。だからこそ服を適当に脱ぎ去ってしまうこともあった。実家にいた時とは違い、部屋の片づけをしてくれる使用人がいるわけでもなく、たまに気が付いたら片付ける程度だったのだ。

 そして今は運悪く、というべきか片付けていないタイミングだった。ハルトに何を見られても気にしない、そう言ったばかりだというのにハルトに下着を見られたと頭が理解した瞬間に顔が熱くなってくるのをイルは感じてしまった。それに気づいた時には動き出していた。


「バ、このバカ! マジマジと見てんじゃねーよ!」

「げぶっ!」


 思い切り飛び蹴りを喰らったハルトは思いっきり飛ばされて壁にぶつかってしまう。その衝撃で本棚に置かれていた本などがバラバラと落ちるが、イルはそんなことを気にしている余裕もない。わけもわからずバクバクと脈打つ心臓の音に促されるように落ちていた下着を拾い上げ、音速で服入れに叩き込む。


「油断も隙もありゃしねぇ」

「な、何を見られても気にしないんじゃ……」

「あぁん!?」

「いえなんでもないですごめんなさい」


 ギロリ、とかつてないほどの殺意のこもった目で睨まれたハルトは思わず謝ってしまう。反論することを許さないだけのすごみがイルにはあった。


「……ったく」


 下着をハルトの目の届かない所にしまったイルはようやく少しずつ気持ちが落ち着いてきたのか、数度深呼吸してさらに謝り続けているハルトのことを見る。なぜハルトに下着を見られただけであれほど動揺したのか、自分の胸に問いかけてみても答えはでない。むしろその答えを出そうとしている自分に腹が立ってきて、イルは考えるのを止める。


(下着見た程度で子供みたいに恥ずかしがってるあいつに腹が立っただけだ。うん、そう。それだけだ。それ以外ありえねぇ)


「あ、そうだ。おいハルト」

「え、な、なにかな」

「勘違いするなよ」

「?」

「だ、だから! あれはオレの趣味ってわけじゃないからな! あの下着はタマナとかパールとかが他の女共が買ってきた奴で。他に着るもんがないから着てるだけで、オレの趣味ってわけじゃねぇから!」

「う、うん?」


 イルの謎の言い訳を聞いてよくわかっていない表情をしながらも頷くハルト。イル自身もなんで自分がそんな言い訳をしているのか理解していないのだが。これ以上は墓穴を掘るだけになりそうだと思ったイルは咳ばらいをして気持ちを切り替える。


「と、とにかくだ。今見たものを忘れろ……返事はっ!」

「はい!」

「よし、それでいい。それじゃあさっきも言ったが、さっさと片付けるぞ。ミスラ様を待たせてるんだからな。あと、そっちはやっぱりオレがやるからお前がこっちを片付けろ」

「わかったよ。隣の部屋に運んだらいいんだよね」

「あぁ、そうだ。お前のせいで余計な時間をくったんだから、キビキビ動けよな」

「えぇ……」


 明らかにハルトのせいではないのだが、ここで口答えしてもいいことはないのは長年の経験で知っている。女というのは時として横暴な生き物なのだ。

 その後、ハルトは度々イルの横暴に振り回されながら部屋の片づけを何とか終えるのだった。

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