第40話 話し合いの顛末
ミスラとアウラが今後の情報のやり取りについての話を詰めていたちょうどその時、バンという荒々しい音と共に部屋のドアが開かれる。
「たっだいまー!」
「エクレア? あなた扉くらいもう少し静かに開けれないの……って、リリアさん!? その怪我はどうしたの!」
エクレアの雑なドアの開け方に小言を言おうとしたアウラだったが、その隣に立つリリアのボロボロな姿を見てギョッとする。傍目から見てもわかるほどに傷だらけで、服も至る所が破れていた。
「あぁ、これは気にしないで。ちょっと吹き飛ばされただけだから」
「ちょっと吹き飛ばされただけって……いったい何してたの?」
「エクレアさんに勝負を挑んだ、以上」
「エクレアに勝負って……」
なんでもないことのようにいうリリアだが、アウラはエクレアに勝負を挑むような人がいるとは思っていなかった。アウラは《勇者》としてのエクレアの実力を知っているからこそわかる。それがどれだけ無謀なことかを。例えるならば、一人で一国の軍を相手にするようなもの。いや、それ以上だ。リリアがある程度の実力を持っていることはアウラも知っているが、それはあくまである程度でしかない。国を相手に喧嘩できるほどの力をリリアは持っていない。
「まぁ、結果は見ての通りだけど」
「それはそうよ。むしろよくそれだけで済んだわ」
「だ、大丈夫なの姉さん」
「えぇ、もちろん。こうして五体満足でここに立ってるわけだしね。それに、エクレアさんはちゃんと手加減してくれたわ」
「そうそう。まぁ一回失敗したけど、アタシだって無意味に殺したりしないって」
『一回殺しかけたけどね』
「ちょっとケリィ、それは言わないでよ」
『事実だし』
「殺しかけたって……はぁ、いいですか二人とも。今後は二人の私闘を禁じます。今回は無事で済んだかもしれないけど、次もし同じことがあれば無事で済むとは限らないのよ」
「あはは、そんなに心配しなくても大丈夫だって。君ももう十分でしょ」
「えぇ、あれを喰らうのは一度で十分です……今の私に必要なことも大体見えてきましたから」
「それならいいんだけど……リリアさん、あなたももう無茶なことはしないでね」
「善処するわ」
「その言葉を聞いて良くなった事例を私は知らないんだけど……エクレア、あなたも無闇に私闘を受けたりしないで。自分の力がどれだけ大きいかは知ってるでしょう」
「そりゃもちろん。まぁまぁ、そんなに固いこと言わないでいいじゃない。それよりそっちの話はどうなったの?」
「だからあなたは……あぁ、もういいです。これは後にします。こちらも大まかな状況の把握は終わりました。そのことについては後であなたにも話します。全く関係のない話でもないので。今は今後の動きについて話していた所です」
「その話しも終わりかけよ。とりあえず私はこの神殿内に匿ってもらうことになったわ。そこの子……イルの部屋にね」
様々な話し合いを経た結果、ミスラの存在を公にはせず事態が進展するまでは隠れておくことになった。教会側も王族もミスラを探してはいるものの、今はそれよりもパレードを優先している。数日程度であれば隠し通せるという判断だ。数日隠し通せればそれで充分なのだから。
そして、その場合どの部屋にミスラを置くべきかというのが問題になった。ハルトの部屋にこのまま、というのはアウラとしても認めるわけにはいかなかった。ハルトのことを信用していないわけではないが、婚前の王族に何かがあればただではすまないのだから。しかしだからといってアウラの部屋に匿うのも難しい。アウラの部屋は来客が多いからだ。そうなってしまえば残るのはリリアかイルの部屋、ということになる。しかしその話をしていた時にリリアは部屋にはおらず、結果としてミスラを預けることができるのはイルの部屋ということになったのだ。最初は王女と同室など畏れ多いと拒否したイルだったが、代替案が見つかることもなく結局押し切られることになってしまった。
「こちらもできる限り手助けはするけれど、ミスラ様の身の回りの世話はイルに頼むことになるわね」
「ごめんねイルさん」
「いいよ、もう。決まったことだしな」
「私のことで迷惑をかけるのは申し訳なく思うけど、よろしく頼むわね」
「とにかく、一応話はまとまったってことなんだ」
「本当に一応、だけどね。考えることはまだ山のようにあるけれど」
「これからどうするかについては私とアウラが中心になって考えるわ。何か決まれば伝えるから。ハルトもリリアも、何かあれば頼むわね」
「は、はい! もちろんです」
「それがハル君のためになるならね」
「すいませんミスラ様、私はそろそろ次の予定が」
「あぁ、そうね。無理やり時間を作ってくれたこと、感謝するわ」
「私達にも関係のあることですから、気になさらないでください。もし何か必要なものがあれば用意しますので、イルに伝えてください」
「わかったわ」
「それでは。イル、ミスラ様のことよろしくね。行きましょう、エクレア」
「はいはい」
時間を確認したアウラはせわしない様子でエクレアと共に部屋を出て行く。残ったハルト達はひとまず話し合いが無事に終わったことに安堵の息を吐く。
「なんとか一歩、という感じね」
「そうですね。ボクは大したことできませんでしたけど……」
「そんなことないわ。あなたが私を信じると言ってくれたこと、嬉しかったもの」
「それはその、思ったことを言っただけですから」
「だからこそよ。偽らない本音というのは嬉しいものだもの。さて、それじゃあ私達も落ち着いたら移動するとしましょうか」
「はい。そうですね。オ……私は部屋の片づけだけしてきます」
「あら、多少散らかっていても気にしないわよ」
「さすがにそういうわけにはいきませんから。おいハルト、お前も手伝え」
「え、ボクも?」
「当たり前だろ。ミスラ様をいつまでも待たせるわけにはいかないんだから」
「わ、わかった」
「すぐに戻りますので」
そして、あっという間にハルトの手を引いて出て行くイル。もちろんのことながらリオンはハルトについて行った。その背を見送ったリリアは先ほどまでアウラ達が座っていた場所に座る。
「ずいぶんとお疲れね」
「《勇者》の一撃はそれだけ重かったのよ」
「私も彼女のことは伝聞でしか知らないけど。そんなに強いの?」
「あなたの思ってる十倍以上は強いと思っていいわ。あそこまで強い人を私は他に知らない」
「……そう。お父様や兄様達がエクレアのことを怖がるわけね。そういえば、あなたにも伝えておかなければいけないことがあるわ」
「? 何?」
「ハルトのことよ」
ハルトの名を出されたリリアはその表情をスッと引き締める。ミスラの切り出し方から、それが良い内容でないことはわかりきっていた。
「私が【未来視】で見た未来の一つに過ぎないけれど。このままパレード当日を迎えればハルトは死ぬことになるわ」
ただ淡々とミスラは自分の見た未来についてリリアに伝える。しかし、何かしら反応があるだろうと予想していたのにリリアは驚くことはなく、静かなままだった。やがてリリアはポツリと口を開く。
「そのことをハル君には?」
「言ってないわ。リオンには伝えたけど」
「ならそれでいい。ハル君には言わないで」
「いいの?」
「余計なことを言ってもハル君を動揺させるだけよ。私とリオンが知ってるならそれでいい」
「あなたはどうするつもりなの?」
「どうするって……そんなの決まってるじゃない。ハル君を守る。ただそれだけ。あなたの見た【未来視】があろうと、なかろうと、それは変わらない。私は絶対に……ハル君を死なせたりしない」
確かな決意と思いを秘めて、リリアは呟いた。
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