第39話 《勇者》としての資質

「う……あ……」


 エクレアに吹き飛ばされ、気を失っていたリリアは全身を走る痛みと共に目を覚ました。


「あ、やっと起きたー」

「わ、私……飛ばされて……」

「そうそう。アタシに吹っ飛ばされて、呑気に寝ちゃってたわけだね。まぁ大体……十分くらい?」

『そうだね。それくらい。もう少し起きるのが遅かったら電気流そうとかエクレアが言ってたから……自分で起きれてよかったね』

「それは確かに……そう、ですね」


 ケリィの言葉にリリアは思わずゾッとする。もしケリィの言う通り電気を流されでもしていたら、目を覚ますどころか永眠していたかもしれないのだから。

 痛みに顔をしかめつつ体を起こすリリアはそのまま体の状態を確認する。思いっきり吹き飛ばされた痛みは残っているものの、大きな怪我などはしていない。エクレアが上手く加減してくれたおかげだろう。それでも意識を失うだけの衝撃はあったわけなのだが。


「それで、どうだった? アタシの力を見て……君に得るものはあったわけ?」

「……なんとも言えません。でも、知ることはできました」

「何を?」

「自分の認識の甘さを、です」


 リリアは今回の一件で自分の《勇者》に対する認識が甘かったということを知った。はっきり言うならば、エクレアの力を舐めていたのだ。わかっている気になっていた。しかし現実はどうだ。リリアはエクレアの力の一端すら測ることが出来ていなかった。その結果がこの様だ。


「《勇者》というのは……皆あなたのように規格外なんですか?」

「うーん、どうだろうね。アタシは他の《勇者》のことなんかアウラから聞いたことだけしか知らないけど。まぁ、話を聞く限り弱くはないだろうね」

『《勇者》と一言で言ってもピンキリ。エクレアみたいに戦闘に特化した《勇者》もいれば、それ以外に秀でた《勇者》もいる。どの《勇者》も弱くは無いだろうけどね』

「そう……ですか」

「なんで急にそんなこと聞いてくるわけ?」

「私は《勇者》のことについてあまりにも無知ですから。知るためには直接勇者に聞くのが一番だと思ったんです」

「それでアタシに勝負を? あはは! 君もなかなか頭ぶっ飛んでるね」

『ホントに。知りたいだけならアウラに聞けばよかったのに。わざわざ面倒なことする必要ないでしょ』

「かもしれませんけどね。私には必要だったんです」


 リリアの知らない世界。圧倒的高み。手を伸ばしても、逆立ちしたって叶わない存在。リリアは自分の中に僅かにあった慢心を完膚なきまでに打ち砕かれた。


「ハル君も……ハル君も、あなたと同じくらい強くなれるんですか?」

「さぁ?」

「え?」

「そりゃ努力したら強くなるかもだけどさー。アタシと同じくらいってのはどうだろうね」

「可能性はあるんですか?」

「あるかもしれないし、ないかもしれない。アタシは神様じゃないから後輩君の先のことまで知らないよ。でもさ、《勇者》に選ばれたなら……後輩君にも何かあるんだろうね」

『ねぇ、君はさ。《勇者》ってなんだと思う?』

「それは……《魔王》を倒すための存在……ですか?」

『まぁそうなんだけどさ。そういう役割的なことじゃなくて、聞きたいのは《勇者》に与えられる力ってなんだと思うってことかな』

「《勇者》に与えられる力?」

『《勇者》の職業を持つ人は大勢いるけど、そのほとんどが違う力を身に着ける。言ってしまえばね《勇者》の力っていうのはその人が持つ資質を伸ばす。力に秀でた者は力を、知力に秀でたものは知力を。エクレアなんかはその最たる例だよね。元々持ってた力がさらに伸びた。つまり、君の弟君がどんな素質を持っているのか。それがわかれば君の弟君は化ける……かもしれない』

「かもしれないって……」

『しょうがないじゃん。わかんないんだから。まぁいずれわかることだよ。《勇者》っていうのはそういうものなんだ。現実に、弟君がすでに一つ力を手に入れたわけだしね』

「……リオンのことですか?」

『そうそう。あの駄剣だよ。まさか今度はこっちに来るなんて思わなかったけど、あれは弟君に何を見たんだろうね。ま、あの駄剣の話はムカつくから終わりにしておこう』

「珍しくめっちゃ喋るじゃんケリィ」

『たまにはね』

「あの、それじゃあもう一つ聞きたいことがあるんですけど」

「ん、何?」

「エクレアさんの戦った《魔王》は……どんな存在でしたか」

「あー、あいつね」


 エクレアはすでに《勇者》として《魔王》を討伐している。それがどのような戦いであったのか、戦った張本人であるエクレアが多くを語らないために詳細を知る人物は少ない。問われたエクレアは過去を懐かしむような表情で言う。


「アタシが戦ったのは竜種に生まれた《魔王》だったけど……うん、強かったね。すごく。命を懸けた死闘っていうのはあれのことだね」

「エクレアさんでも……ですか」

「二回くらい死にかけたかな」

『《魔王》の方も戦闘狂だったせいで長いこと戦いに付き合わされて……いい迷惑だったよ。山も五つくらい消し飛ばしたんじゃない?』

「そうだっけ?」

「《魔王》っていうのは……それだけ特別なものなんですね」

『エクレアの戦った《魔王》は戦闘力に全振りしてるような奴だったからあれだけど、君の弟君が相手をする《魔王》がそれだけの力を持ってるかどうかはわからないよ』

「でも、可能性はあるんですよね」

『まぁ可能性はね。でもそれを知ってどうするの?』

「強くなります。今よりもっと、ずっと」

「ふーん、後輩君のために?」

「はい。それが私の戦う理由ですから」

「強い人が増えるならアタシは大歓迎だけどね。君と後輩君にはちょっとだけ期待してるよ」

「期待にそえるかどうかはわかりませんけど、全力は尽くします。今日はありがとうございました」

「止めてよ。お礼とかむず痒くなるし。それじゃあ戻ろうか。あっちも話終わってるかもしれないしね」

「そうですね。戻りましょう」


 今回のエクレアとの一戦で、リリアは自分の力量を知った。それがリリアにどのような変化をもたらすのか。リリアは自身の中に僅かに疼くものを感じながら、ハルト達の元へと帰るのだった。

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